不可測problem



いつもなら思いっきり身体を動かしてカバディに興じている時間。今、王城たち能京カバディ部一同は一人の少女の前に座らされている。

「どうして集められたのか、わかる?」
少女は穏やかでありながら有無を言わせない笑顔で、落ち着かない様子の大男たちを見回した。

「はい」
そんな中、場違いなほど目を爛々と輝かせる男が一人。ピンと揃えられた王城の指先が天井に向かって伸びる。
「はい、王城くん」
「名前の取材映像を見るため」
「見なくていい!」
油断もスキもありゃしない。

「王城くんは放っておきましょう」
「名前ひどいー」
「ん」
今度は王城の答えを聞いた途端満面の笑みを浮かべた水澄が手を上げる。
「はい、水澄くん」
「名前サンの手料理が振る舞われる!」
「どういう流れだよ!」

名前は思わずため息をつく。この場にいる誰も集められた理由がわからないのか。ならば特別にヒントを与えよう。
「もうすぐあれがあるよね、あれ」
名前は再び笑みを見せる。

そう、毎学期やってくるあれだ。


というわけで、カバディ部の面々は今日から3日間は部活は行わず、期末テストの勉強をすることになった。
「ウチの高校だったら勉強しなくても……」
「だーめ。赤点取ったら夏の大会も危うくなるんだよ。むしろ3日前からテスト勉強なんて遅いくらいなんだから、ね」
名前の得意な威圧的笑顔に、さすがの宵越も大人しく従う。むくれ面をしてはいるが、むしろ宵越はこの勉強会が満更ではなかった。

「宵越くん、わからないことあったら遠慮しないで聞いていいから、ちゃんと勉強しようね」
「……うす」
なぜなら、名前が勉強を見てくれているからだ。
「名前サ〜ン、ここ教えてください」
「ああ、数Uか……ここはね……」
まあ、見てもらっているのは宵越だけではないのだが。

「名字さん勉強もできるなんて……本当にすごい人だなあ」
ぽうっとした眼差しで名前を見つめる人見は、宵越たち"勉強会組"ではないので関たちと同じく"自習組"に入っている。
ちなみに"緊急組"もあるのだが、これは素行的観点から名前の手に負えないと判断した者たちの行き場である。この者たちは井浦からじきじきに教えを乞うこととなる。

「宵越くん? そんなに慶に教えてもらいたいのかな?」
筋トレを始めた宵越にとびきりの笑顔を向けると、目にも止まらぬ速さで机に戻ってきた。井浦効果は絶大だ。
「てかなんで部長がいんだよ! 完全に自習組だろ!」
えー、と口を尖らせる王城は当然のように名前の横を陣取っている。
「言っても無駄だぜ。部長こうなったら離れる気ないから」
「まあね」
「何開き直ってんだよ!」
「諦めろ宵越。なんだかんだで名字さんも部長には弱い」
「うっ……」
頬を緩める王城の横で名前は顔を赤くして額を押さえる。これでは立つ瀬がない。

名前は己に活を入れ王城の腕を取る。周りが目を丸くして見守る中、彼をズルズルと自習組の机まで引っ張った。

「これで、いいでしょ……!」
「おおー……!」
鼻息を荒くする名前にパラパラと拍手が起こる。名前の元に戻ろうとする王城の首根っこを井浦が捕まえた。



王城を離したおかげなのかその後勉強会は順調に進んだ。宵越たちも名前にしっかりと見てもらえたおかげで赤点は取らずに済むだろう。
王城の犠牲により勉強会は成功したと言える。しかし今、名前はその犠牲の代償を支払っている。

テスト前日、名前もさすがに自分のテスト勉強をしなければならないので各々自習することになったのだが、今名前の隣には王城がいる。
「やっぱり名前と一緒に勉強する方が捗るね」
「どういう原理」
王城と二人きりになるのはあらぬ噂を立てられたあの事件以来だ。今さら二人きりになって緊張するような間柄ではないのだが、王城がもたれかかってきた時はさすがに身体が硬直した。机を挟んで向かい側に座布団を置いた意味が早くもなくなってしまった。果たして自習とは。

「何……」
「休憩だよ」
いつも通りの口調の王城に理不尽にもムッときてしまう。意識させているのは王城なのに当の本人はケロリとしていて、変に意識している自分がバカみたいだ。それにこうくっつかれたら出来るものも出来なくなる。
名前は静かにペンを置いた。

その動きを見て、さすがに怒られるかと思い、もたれかかっていた王城も身を起こそうとした。しかし、何かに引っ張られていて半分しか上体を起こせない。違和感の先へ目をやれば、名前の手が王城の服の裾を掴んでいるではないか。

名前のあまりにも珍しい行動に一瞬あんぐりと口を開けたが、次第に目がキラキラと輝き出し、顔が興奮により上気し始める。嬉しくて飛んでしまいそうだ。
「休憩だから……」
名前は目線を逸したままぽつりと呟く。その頬は王城に負けないくらい赤い。

「う……うああ……」
王城はうめき声を漏らしながら倒れ込み名前の腰に腕を回す。
「可愛すぎてしんどい……」
顔をぐりぐりと名前のお腹に押し当てる。その仕草はまるで親の愛を求める子どものようだ。
名前は王城の頭をやわやわと撫でた。その顔は慈愛に満ちている。

「名前好き好き……大好き。はあーもう可愛い」
止まらない愛の囁きに名前も流石に面食らう。王城の愛の言葉は何回聞いたって慣れないしむず痒い。

私だって、正人が好きだよ。
貰っている分以上に、もっとあげたい。

「……っ」

でも私は臆病だから、自分から進むことができない。誰かに引っ張ってもらわないと前に進めない弱い人間。

王城の柔らかい髪を指ですく。

名前には、王城が本心ではどう思っているのかわからない。彼はわかりやすいようでわかりにくい。
今の関係に満足しているのか、それとも先に進みたいのか。

なら、自分は?
名字名前自身は王城をどう思っているの?

長い間考える事を放棄した頭は、その答えを出す事を拒否する。

本当はわかっているのに、臆病だから表に出せずにいる。

王城が進む方へ自分も進む。
王城が望むなら自分は従う。
どこまでいっても名前はそのスタンスを崩せずにいる。

「名前……?」
いつの間にか頭を撫でる手が止まっていた。心配そうに顔を覗き込む王城に、名前は軽く笑顔を作る。
「さ、休憩終わり」
自分で発したわざとらしい程の明るい声が、耳について離れなかった。




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