檻の中で眠る



「待って……待って……!」
名前はただ王城に止めるよう懇願することしかできない。

虚ろな目をした王城が視界いっぱいに写る。
細い身体なのに、名前くらいなら容易に押さえてしまう。どう力を入れたら相手が動けないか、どのタイミングで押さえれば相手の動きを封じられるかを知っているから。
名前はもう、力を入れることすら許されない。

名前の両手首をベッドに縫い付けたまま、王城はゆっくりと顔を近づける。息がかかるほど近くなった顔に、思わずぎゅっと目を瞑った。
どうしてこんなことをするのか、このまま彼を受け入れていいのか。
頭の中がぐちゃぐちゃに入り乱れ、身体は金縛りにあったように動かない。

きゅっと結んだ唇に予想していた感覚は訪れず、代わりに右耳に吐息がかかる。

「名前はそういうことしないと思ってた……」
「はい……?」
名前はぱちりと目を開ける。
なんの話か全くわからないどころか、それはこっちのセリフだと主張したい。
王城が距離を詰めるように片膝を乗せると、ベッドがぎしりと軋む。耳元で囁かれて強張った身体を黒い影が包み込んだ。

「ん……!」
王城の顔がゆっくりと下へ移動する。名前の首元に顔を埋めたかと思えば、軽くキスを落とされた。普段はカサついている王城の唇が、首筋をなぞるように移動し、貪り食われるような感覚に襲われる。彼の吐息が首筋に当たる度に漏れそうになる声を唇を噛み締めてこらえることしかできない。

回らない頭でこうなった経緯を必死に考えた。
どうして、どうして。
しかしその答えは全くわからない。

ただわかるのは、服越しに伝わる彼の身体が熱いこと。


このままでは引き返せなくなる。


「やめて……!」
カラカラに乾いた喉から絞り出した声は掠れていた。

王城を押しのける腕に力を入れようとした時、唇を首筋につけたまま王城の動きが止まる。
ちゅっと艶めかしい音とともに当てられている部分がチリッと痛んだ。王城の唇は涙で濡れているみたいに冷たい。

心臓が虫歯のようにズキズキと痛くて、内側から熱いものが込み上げてくる。のみ込んだ喉が痛くて、目尻が滲んだような気がした。

王城は徐に顔を上げ、彼の濃い紫色の瞳に名前の瞳が写り込む。この部屋に来て初めてちゃんと王城と目が合った。

名前は目の前の彼をじっと見つめる。もう先程のような虚ろな目ではないけれど、その瞳の奥は黒く濁っている。
「ね……正人……どうしてこんなことするの……?」
名前は冷静を装っていたけれど、やはり王城にこんなことをされたのはかなりショックだった。彼は理由もないのに強引なことをする人ではない。理由があっても乱暴はしてほしくないけど……。
だからこそ、なにか理由があるならちゃんと話してほしい。

いつの間にか両手首を押さえていた王城の力が弱まっている。名前がゆっくりと上体を起こすと、王城も静かにそれに倣う。その姿が痛々しくて、また胸がぎゅっと痛んだ。

なにが彼をこんなふうにさせたのか。
ベッドに座り向かい合う。
「ちゃんと話して……」
包み込むような声音がぐちゃぐちゃになった王城を落ち着かせる。

そして彼はぽつりぽつりと理由を述べ始めた。



「は……私が……?」
理由を聞いた名前は愕然とした。
名前がカバディ部の部室で夜な夜な女の子といかがわしいことをしているという噂が出回っているらしい。

全く身に覚えがない。

「僕もそんな馬鹿馬鹿しい噂……って思ったんだけど、想像したら耐えられなくなって……」
想像したんだ……。
名前は恥ずかしさやら呆れやらで言葉すら出てこない。想い人が自分ではない人と密接な関係を持っていたら良い気分にならないというのはわかる。たとえそれが同性であっても。
しかしここまで感情を昂ぶらせてしまうのかと、初めて見る彼に驚きを隠せない。今回の噂がもし異性だったらと思うと、身が竦む思いである。

「それに……噂をしてた男たちが名前のそういうところを想像したって思ったら耐えられなくて……!」
確かに、それはちょっと嫌だな……。
ギリッと歯を食いしばる王城から視線をそらしながら名前は押し黙る。
「でも……こんなことするのは違う……。ごめん……本当に、ごめん……」
王城は俯いて謝罪の言葉を繰り返す。

彼に押し倒された時は怖かったが、それも今の理由を聞いたらなんだか毒気を抜かれた。ちょっとやりすぎだとは思うが、名前のことを想っているからこそ出た行動だったのだとわかると、強く責められない。
ちょっと甘すぎるかな……。
名前は内心で自分に苦笑しながら、王城の固く握られた拳を両手でそっと包み込む。

「わかったから、もう謝らなくていいよ」
名前の声を聞いて王城はゆっくりと顔を上げる。申し訳なさそうに眉を下げている以外は、いつもの王城に戻っていることに名前は安堵した。
「でももうこんなことしないでほしい」
王城の目を見てはっきりと伝えると、王城はもう一度だけぽつりと零すように謝った。



その後落ち着いた王城を寮へ帰し、一人になった名前はベッドに背を預けて座り込む。

正人がここまで私に執着するのって、私が曖昧な態度をとってるからなのかな。

王城が本気で名前のことを好きなのは名前も理解している。しかし、実際に付き合ってほしいと言われたことはない。だから名前は王城と付き合っているつもりはないし、自分の想いを伝えたこともない。

付き合ってもいない男女がお互いに縛り縛られているなんて、異常だ。

私たちの関係って、何なのだろう。

ずっとこの関係が続くなんて保証はない。いつかどちらかに恋人ができたりするのだろうか……。そう考えると、胸がズキリと傷む。

3年生に上がってから王城の執着がひどくなっていることに名前は気づいている。そのせいで王城の精神も不安定になっている。
こんなことじゃ正人の側にいる資格はない……。
名前は膝に顔を埋め、王城の感触が残る首筋に手を当てる。

王城の感情にも、自分の感情にも、もう顔をそむけることはできない。
赤くなった頬が、名前の気持ちを示していた。




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