愛の違い



この試合はきっと能京にとって大きな一歩になる。名前は一時も見逃すまいとして、王城と並んでパイプ椅子に座りながら選手たちを見守る。

そして試合の笛が鳴り、奏和の攻撃が始まった。

高谷は能京を無駄に挑発していたわけではない。さすが奏和のエースだ。とてもいい動きをしている。
いきなり速い動きで2点を取られてしまった。
「高谷くんのファンも白熱してるね」
高谷煉と書かれた横断幕を掲げた女子高生たちも、黄色い声援を上げて大いに盛り上がっている。

しかしその攻撃は、宵越に火をつけたようだ。

「まさかあれをやるつもりじゃ……」
「アレはまだ早いよ宵越君」
居残り練習で何度も練習した技、ロールキック。宵越の強みであるリーチを活かした技だが、まだまだ付け焼き刃であり完成度は低い。

しかし宵越竜哉という男は、私たちの想像を軽く飛び越えていくのだ。
「すごいな……10回に1回成功するくらいだったのに」
「一気に3人も……しかも見てよあのドヤ顔」
宵越はロールキックを決めただけではなく、押し返せよと言わんばかりの顔で奏和を挑発する。先程の高谷の積極的な攻撃を意識してのことなのだろう。宵越らしい挑発に思わず笑みが溢れる。

やっぱり後輩の成長は素直に嬉しい。

こうして試合で活躍する姿を見ると、心からそう思う。ちらりと隣を見ると、王城も口元に薄っすらと笑みを浮かべていた。


畦道も負けじと守備でその力を見せるが、六弦に止められてしまった。
「相馬くん!!」
奏和の攻撃が終わった瞬間、名前は椅子を倒す勢いで立ち上がる。

その異様な反応に驚いた選手たちが一斉に名前の方を見た。
ピピピと笛が鳴るのと、名前がもう一度畦道の名前を呼ぶのは同時だった。

畦道の額から血が出ている。

「早く手当を!」
名前が手当の準備をしながら必死に畦道を呼ぶが、本人はまだいけると主張する。
こうなったら実力行使か。
名前が畦道をベンチへ下げるべく1歩踏み出した時、有無を言わさぬ声音で王城が畦道の名を呼んだ。
「怪我は敗北と同じくらい怖いものだ。ちゃんと名前に治療してもらう事」
さすがの畦道もぐっと言葉を飲み込む。

「畦道……」
「平気っす! 練習の傷が開いただけなんで!」
水澄たちも心配そうに畦道を見ていたが、畦道はその心配を跳ね除けるように笑ってみせた。

一方名前は王城の背中に視線を送る。
こんなに早く王城が出ることになるとは思っていなかった。怪我が心配だが、王城の復帰後初試合に期待する自分もいる。
コートに向かって足を踏み出した直後、ふと王城が振り返る。
まさか王城が振り返るとは思っていなかった名前は目を丸くしたがすぐに笑みを浮かべる。

正人なら大丈夫。

名前は心の中でそうつぶやいて王城がコートへ入っていくのを見届けた。

「さ、相馬くんこっち来て」
名前は柔らかい笑顔で畦道を迎える。畦道は大人しく名前に言われるがまま椅子に座った。
「こんな形でコートの外に出るのは悔しいよね」
笑顔を浮かべていた畦道は目を丸くして名前を見た。そして思いっきり顔をしかめる。

「外からしっかり試合を見るのも勉強、ね」
そう言いながら名前は彼の治療を終え、ぽんと肩を叩いた。
「……はい」
畦道は歯を食いしばり、真っ直ぐに前を向く。
素直な子は成長も早い。名前は畦道の今後に期待しながら椅子に座り直そうとしたが、体育館の空気がザワついていることに気づき顔を上げた。

「能京、5点……」
名前が顔を上げたとき、ちょうど王城が自陣に戻った直後だった。審判もタジタジになりながら5点獲得を宣言する。

名前は立ちすくんだままコート上の獣に視線を送る。そんな名前の隣にいる畦道は、初めて見る名前の固い表情に戸惑い、声をかけることもできなかった。

畦道にまでビリビリと伝わる緊迫感。なにか点を取った以上のことがあったのか。まさか部長の身に名前しか気づかないくらいの異変が……? 畦道は必死に頭を回転させながらコートを見る。王城はいつもどおり攻撃モードに入っているようで、畦道にはその違いがわからない。

しかしこの時、名前は畦道が考えていることとは全く違うことを考えていた。


正人復帰後の初試合初攻撃を見逃した……!


名前は悔しそうに顔を歪める。
練習で散々正人のプレーは見てきたけれど、やはり試合となると緊張感も気合も別物だ。正人の復帰後初プレーを思うと遠足前の小学生のように夜も眠れなくなるくらいだったのに!

名前は未だざわつく会場の余韻を噛み締めて、くっ……と声を漏らしながら椅子に腰掛ける。
隣の畦道が冷や汗を流しながら目を大きくさせて名前を見ていることにも気づかなかった。



*




少し戻って王城が畦道と交代する場面。


王城はコートへ入ろうと脚を踏み出したが、ふと後ろを振り返った。それは忘れ物を思い出した時のような、ごく自然な動き。
王城が振り返った先には、真っ直ぐにこちらを見つめる名前がいた。名前は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべる。

ああ、そういうことか。

王城もまた名前に笑顔を見せてコートへ入る。

名前が呼んでるって、僕は感じたんだな。

名前の視線に敏感に気づいたことで条件反射のように振り向いたのだろう。王城は口元に弧を描く。

"なんで能京に行ったの? 六弦さんの誘いを断って王城さんについていったってホント?"

高谷の無邪気な声が頭の中をこだまする。

その問の答えはイエスでありノーでもある。
中学3年生、各々が道を分かつと決めた時、多くの世界組が名前を欲しがった。名前のスポーツトレーナーとしての技量に味を占めていたから。名前がいれば勝利へ近づくと誰もがそう思った。
そして何より、名前を手に入れたという優越感を得られる。僕たちはそういうエゴイストの塊なのだ。



王城の見事な初攻撃が終わり、奏和の攻撃に移る。奏和はもう、六弦しか残っていない。


しかし、直接名前を誘う者は誰もいなかった。
それはプライドの為なのか、理由は人それぞれかもしれないが、名前に来てほしいと願いながらも誰も声をかけなかったのは事実だ。



「六弦……"部長"として良くないな。そんなに僕と1対1がやりたいのかい」
王城は世界組としてカバディをしていたあの時間を思い返し、獣を宿らせながら穏やかに笑った。
フゥと息を吐き攻撃を始める。


本気で名前を望んでいたのは僕だけだ。


王城は薄い笑みを浮かべながら六弦との攻防を繰り返す。


だから名前は能京に来た。僕のところへ来た。


王城の唇が切れる。そして、王城の攻撃が六弦を捉えた。


カバディも名前も、
僕にとって高嶺の花みたいなものなんだ。
誰よりも自分を磨かないと振り向いてくれない。
僕と六弦の差は……


両者への愛の違いだ。



奏 和 全 滅






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