白昼夢には瞼を閉じる


体育祭が終わり、新入部員歓迎会を開いた。

最初はよかったんだ。
みんなで料理を囲んだり、部長権限で指相撲をしたり、下手くそなゲームをしたり……。

異変に気づいたのは程よく盛り上がってきたころだった。
誰が悪いわけではないし、私も宵越くん含め誰かを責める気はない。

ただ、もう二度とお酒入りのチョコレートを宵越くんに与えることはないと誓っただけで。


「名字さーーん!! ウェ〜!!」
「ちょ、人見ちゃ……!」
お酒入りチョコレートで酔った人見は目をギラギラさせて見境なく片っ端から絡んでいく。
バシバシと背中を叩かれたかと思うと子犬のように擦り寄ってくるものだからアメとムチを受けているような気分だ。
挙げ句の果には井浦にまで絡み始める始末で慌てて関が人見を取り押さえる。

「とにかく伴くんを寝室まで運ばないと」
人見と同じくお酒入りチョコレートで酔い潰れてしまった伴は机に突っ伏して爆睡している。この不自然な体制だと起きた時に身体が痛くなるだろう。
誰か生き残っている人間に援護を頼もうと周りを見渡すも、宵越まで様子がおかしくなっていてみんなそれどころではない。
「ククッ宵越に運んでもらえよ」
「はい。よろこんで」
お酒のせいで……いや、お酒のおかげで怖いくらい素直になった宵越は井浦の一言に背筋を伸ばし伴の身体を引きずり始める。
「ちょっとちょっと、それじゃ伴くんがかわいそうだから!」
「あ、すみません……」
慌てて名前が脚の方を支え、なんとか伴の身体を傷つけることなく寝室まで運ぶことに成功した。
どさりと伴をベッドに寝かせ、ふうと息をつく。

さすがに高身長の男を女子高生とチョコレートで酔っ払った憐れな男一人で運ぶのは疲れる。名前は深い息をつきながら伴を寝かせたベッドに腰かけた。

そんな名前の様子を宵越は直立不動でじっと見ている。暗闇の中突っ立って何してるんだ。あまりにも無遠慮に見るので居心地の悪さを感じるほどだ。

「宵越くん戻りなよ」
ちらりと宵越に視線を投げるが、ピクリと肩を揺らしてなぜかモジモジと手を動かす。
いや本当に宵越が恥じらう姿なんて天地がひっくり返っても見られないくらい珍しいもので、少し気持ち悪い。

「えーと……私は戻るね」
申し訳なく思うが、薄暗がりの中モジモジと突っ立って自分を盗み見る宵越が気味悪くて名前は思わず立ち上がる。
しかし、次の瞬間にはすとんと再びベッドに戻されていた。

「……え?」
名前の間抜けな声が弱々しく消え入り、スースーという伴の心地よい寝息だけが部屋に響く。

目の前の宵越は名前の両脇に手を付き覆い被さるようにしてじっと名前を見つめる。
名前の頭は真っ白になった。
それでも、鼻がくっつきそうなほど近い距離に反射的に上体を仰け反る。しかしその分宵越が顔を近付けてくるので埒が明かない。
「えっと……宵越くん?」
これはなにかの冗談だ。宵越はお酒が入ると女癖が悪くなるタイプなのか。先程のしおらしい姿からはかけ離れている。実は酒癖が悪いタイプなのかもしれない。
もしお酒のせいなのだとしたら、人が変わってしまうのも仕方がない。今ならまだ誰も見ていない。私と宵越くんしか知らない事実だから、冗談で済ませられる。だから、今はこの不遜な態度に目を瞑るから、どうか、これ以上近づくのは止めてほしい。

僅かに残る慈悲を持って苦笑いを浮かべると、宵越は何を思ったのか薄っすらと笑みを作る。薄い唇の隙間からチラリと覗く宵越の白い歯が、暗闇の中に浮かび上がった。
あまりにも手応えのない反応に名前の頭はついていけない。もしかしてこれ本気で襲われているのか?
その考えが頭を掠めるが、だからといって宵越を押し退けるわけでも無い。むしろ驚きなのか恐怖なのか名前の身体は硬直して動かなくなってしまっている。
ただ、伴の規則正しい寝息に耳を傾け、起きていないことを確認することしかできない。

眼前に迫る白い歯がぱくりと開き赤い舌が見えた。
「あ……」
宵越くん、彼の名前を呼ぼうと開かれた名前の唇は宵越の舌によって塞がれる。

甘い恋人同士のキスのような気持ちいいものではない。

大好きな飴を舐めるようにゆっくりと大事そうに名前の唇を堪能する。その宵越のねっとりとした舌の感触に名前は声にならない声を上げた。
勢いよく宵越の肩を押すが長身で体格がいい宵越の身体はそう簡単には離れてくれない。
熱を持った舌が右へ左へ動くたびに名前は宵越の服を強く握る。

「んんん! っ……んぅ、は、」
「っ、はぁ…………」
ようやく離れた宵越の顔は焦点が定まらないほど恍惚としていた。満足げに息をついたかと思うと、ゆっくりと名前の瞳を覗き込む。その目はもうしっかりと名前の瞳を捉えている。

「名字さん……好き、です……かわいい……」

これは、まずい。

宵越の頬が赤く染まっているのはお酒のせいかキスのせいか。名前には判断がつかなかった。
だけど、熱っぽい宵越の視線に絡め取られた名前の頬が赤い理由はよくわかっている。

「だ、めだよ……退いて……」

これは今ではない。

震える声で宵越を突き放す。

もう内から出るものをを隠しきれていない名前の顔は真っ赤だ。宵越は頬を染める名前を夢でも見ているみたいに目を細めて見つめる。

これは夢だ。
だから、ちゃんと現実に戻らなきゃ。
名前は赤い顔を背けながらゆっくりと宵越の身体を押し返した。


酔いという夢から覚めていつもの私達に戻った時、ちゃんとした言葉で聞かせて。




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