刺身庖丁



料理の基本は使う道具の手入れから。
夜な夜な包丁を磨ぐ音が台所から聞こえるというのはあまり気持ちのいいものではないだろうけど勘弁して欲しい。

女中として拾ってもらって、近藤さんと土方さんに買ってもらったとても上等な代物であるこの包丁。

とても高価なものなのだけど、これで俺達にうまいもん食わせてくれと言われてしまえば受け取ってしまうわけで。


「…よし」

よくわかんねぇからとりあえず全種類買ってきた、と目の前にずらりと並べられた包丁達を見て苦笑したのはいい思い出だ。
中にはあまり使わない物もある。高いから三徳だけでいいのに…、

光にかざせばキラリと光る。手入れを終えて包丁達を片付けていると、起こしてしまったのか浴衣姿の土方さんが眠そうな目をこすりながらやってきた。

「起こしちゃいましたか」

「いや、勝手に起きただけだ」

「お茶飲みます?」

「おう、頼む」

お湯を沸かしにキッチンに立つ。
土方さんは包丁に興味津々らしく、私が研いでいた包丁を手にとっていた。

「それは刺身包丁です」

「長ぇな」

「断面を綺麗にするために長くなってるんです。押して引いて、って切ると美味しくなくなっちゃうんですよ」

「お前、刺身なんて滅多に作らねぇだろ」

「生のお魚をこういう食堂で出すのチェックが厳しいんです。土方さんの分だけなら作ってあげますよ」

「じゃあ今度刺身食いながら酒盛りでもすっか」

「楽しみにしてますね」

お茶を土方さんに出して、土方さんの隣に座った。誰もいない食堂はだだっ広く感じて、少し寂しい。

黙って二人でお茶をすするのも悪くはないけれど、土方さんは先程からちらちらとこっちを見てくる。何か言いたいことがあるなら言えばいいのに。

「何か?」

「…っ、別に、なんでもねぇ」

「嘘ばっかり」

「…手」

「…手?」

「良くなったか」

何のことかと少し考えてしまったけど、すぐに前に手が荒れてるという指摘を受けたことを思い出した。

「はい。おかげさまで」

「…そうか」

「傷一つない手で、お刺身作ります」

「おう、楽しみにしてる」

沈黙が気まずくないのは気を許した相手といるからなのだろうか。
深夜にこうしてゆっくりするのも、悪くはないかもしれない。


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