じくじく痛む


「ビアタン磨くの、すごく久しぶりです」

「食堂じゃ磨かないものね、なかなか楽しいでしょう」

「ええ、無心でやれて好きです、磨くの」

銀のバットにお湯を入れて、そこにグラスを伏せて入れる。湯気で少し湿らせてから磨くときれいになるから。
ピカピカになっていくグラスを眺めながら、明日帰る江戸の町を思い返してみる。

隊士達の心配が最初に浮かんで、そのあとに思い出してしまったのは、噂の「銀髪の侍」だった。
嫌な思い出、というわけではないけれど、思い返すと胸が焦がされる。忘れたことなんてなかったし、今こうして努力しているのはあの約束が根底にあるからだから大事に思っている過去なのだけど、まだ私にはちょっと重い。

「お湯、変えてきますね」

銀のバットを持って冷めてしまったお湯を捨てに行く。シンクを濡らす水が跳ね返って私の指を濡らした。どうせ戻ったらまた布を持ってグラスを磨くのだからと濡れた手をそのままに給湯器のスイッチを入れる。

しばらくすると湯気が立つ熱湯が流れてきて、それをバットに汲んだ。スイッチを切ってからバットを持って戻ろうと持ち上げた時に、水で濡れた手ではうまく掴めなくて、お湯の入ったバットが重量に従って落ちていくのを見た。

あ、やばいな。なんて頭の端の方で思いながら逃げることもできずに、ガシャンという音と共に私の足にかかる熱湯。
音を聞きつけて駆けつけてきてくれた女将さんが、急いで氷を持ってきてくれた。

「大丈夫かい?」

「はい。あの…ごめんなさい」

「歩けないだろう?今誰か呼んでくるから」

氷の入った袋を、足袋の上から押しあてる。じくじくとした火傷特有の痛みに顔をしかめながら、ぼんやりと銀のバットを眺めた。
鈍く光る銀色が、あの人と重なって見える。

「まったく、落ち着きがないな君は」

「否定はしません」

「痛むだろうね、帰るのは治ってからにしたらいい」

「引き止めたいだけでしょう、帰ります」

残念だよ。そう言って私を横抱きにすると、伊東さんは女将さんが布団を敷いてくれた部屋に運んでくれた。足袋を脱ぐ時にひどく傷んだけれど、これも自業自得というやつだから何も言えない。

じくじく痛む足と、胸の痛みが重なって、なんだかやりきれない。



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