いいことの表と


「……」

「ちょ、ごめん!本当にごめん!!悪気はなかったんだよおおおおお!」

「あーあ、近藤さん怒られてやんの」

将軍のペットを探すためとかいうなんだか分からない理由で、食品庫のハチミツを持っていかれた。
しかも国産の少しお高いやつだ。

「食べ物を粗末にするなんて最低ですよ」

「粗末にしてたわけじゃないんだって!作戦に必要だったんだって!」

「なら作戦用にちゃんと別でハチミツ買ってください!なんで食品庫から持ってくんですか!?」

「いや、足りなかったからちゃんと買っ…」

「最初からハチミツ全部買えばよかったじゃないですか」

もしハチミツがあったら今日のご飯もうちょっと完成度が上がって満足いくものになったというのに。
大体将軍のペットって何?熊か何かなの?

「本当にすまん、この通りだ!許してください!」

躊躇なく土下座した近藤さんを見て、周りの隊士達がげんなりしていた。
自分たちの大将が女中に土下座しているところを見るのはきついだろう。でも土下座をやめさせるほど今の私は優しくない。

「ハチミツ、買ってきてください」

「はい!!!」

「国産の、高いやつをお願いします」

「任せてください!!!!」

ダッシュで屯所を飛び出した近藤さんを見送って、私は女中の仕事に戻ることにした。別にそこまで怒ってるわけじゃないのだ。確かに少しイライラはしてるけど。
土下座させてしまうほどには怒ってるけど、でも別にもう許さないから、なんて言い出すほどではなくて。

「玲さん、あの、ちょっといいですか」

「どうしたの?」

「あの、これ」

山崎くんか持ってきてくれたのは一枚のプリント。女中の私のところに回ってくるのは大体発注関係のものだけれど、それは違った。

「たまたま見かけたんですけど、玲さん、料理人志望なんでしょう?こういうの興味あるかなって」

「このお店…京都で有名な超高級料亭だよね」

1週間厨房スタッフ募集、未経験者不可。そんな文字と、店の名前を見て驚愕した。そしてこの話をされているということは、つまり

「はい。1週間限定で人が欲しいらしくて。ここの料亭、幕府御用達なもんでよくこういう募集がかかるんです」

「あの、行ってもいいってこと…?」

「副長が、ハチミツの件をこれで水に流してくれって」

山崎くんに渡されたプリントをしわくちゃにしないように持って、土方さんを探すために走り出した。お礼を言わなきゃ。
あそこで短期でも働けるのはすごく光栄なことなんだから。

「どうしたんですかィ、そんなに急いで」

「ひ、土方さん見なかった!?」

「さっき見やしたぜ、今日はこれから原田と見回りでさァ」

「ありがとう!」

急いでパトカーの駐車場へ向かうと、ちょうどいい土方さんが助手席でタバコに火をつけている所だった。
必死に走っていた私を見て、土方さんは車の窓をあけてくれた。

「どうした、なんかあったか」

「ありがとう、ございます」

「…おう。しっかりやってこい」

「帰ってきたら、もっと美味しいご飯、つくります」

「たりめーだ、期待してっからな。」

「はい」

見回りに出発したパトカーを見送って、私は自分の手元でぐしゃぐしゃになったプリントを見て苦笑した。結局しわしわだ。
1週間、短いようで長い期間で、少しでも実力つけれたらいいな。なんて思いながら、走って来た道を戻る。

足取りは、疲れている筈なのに軽かった。




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