願う



あの電話からすぐに佐々木さんは迎えにきてくれて、今の時間からじゃお店も無理だから、という理由で私の部屋にやってきた。


会ったのは久しぶりで、ちょっと緊張。

でもいつも通りの佐々木さんにちょっと安心しつつ、恋人同士、ならもっと何かほしいなぁ、なんて欲張りな自分を自覚してしまう。




「どうぞ…あの、質素な部屋ですけど。エリート様には物置みたいなものかもしれませんけど…」


「貴女はエリートをなんだと思ってるんですか」


私は当たり前だけど独り暮らしをしていて、江戸の比較的治安のいい、会社からも電車で3駅くらいの距離にあるマンションに住んでいる。


部屋は3階の角部屋で、リビングと寝室さえあれば別にいい私は余った1部屋を書斎として使っている。

書斎、って言うより資料室って言い方の方が正しいと思うその部屋には、色々なジャンルの小説や本の他にも映画やCDが並んでいるこの部屋は私の仕事部屋という言い方がふさわしい。

私が作家さんの力になれるように、そう思って集め始めた本やDVD。リビングにあるテレビは映画を綺麗に見る為にちょっといい液晶テレビで、オーディオもちょっと拘っている。


そんな自分の部屋が嫌いではないんだけど、実は私、自分の部屋に自分以外の人を入れたことがないのである。


「お茶淹れますね!」


何かしないと気まずい感じがしそうで、私はキッチンに立った。


お茶は何がいいかな、紅茶?緑茶?あ、私コーヒーがいいかな。…普段コーヒーなんて飲まないからコーヒー準備してない。どうしよう。


「あの、紅茶と緑茶どっちがいいですか?ココアもありますけど」


「紅茶でお願いします」


携帯をカチカチと弄っている佐々木さんは短くそう答える。

できればずっと携帯弄ってて下さい。部屋はあんまり見ないで…あ、やっぱり携帯だけじゃなくて私も見てほしいな、てへっ☆

…なんか痛い。うん。自分が痛い。


「どうぞ」


紅茶を佐々木さんに出して、隣に座る。

マグカップを両手で包んで冷えた指先を温めていると、佐々木さんが携帯を閉じた。

パタン、という音が静かな部屋に響いているような気がした。



「玲さん」


「はい?」


「今日は、泊まらせて下さい」


「え、あの…ででで、でも着替えとか、その」


「車にあります」


なんだよもう!準備万端ですか!そうなんですか!

でもあの、そそそ、そういうことをするにはまだ勇気が…


「大丈夫ですよ、そういう行為はお互いに仕事がない日がいい」


「なっ…べ、別に私はそういうのを想像したわけじゃ…」


「顔に出てましたよ。着替えを持ってきます」


そう言って部屋を出た佐々木さんを見送って、お風呂の準備をする。

…うん、初めてはもっと落ち着いてる時がいいし、よかった。

でも布団ないんですよねー…。私ベッド派だから、ベッドしかないんですよねー…

私がソファで寝る?いや、一緒に寝るとかどうですかそれ。あ、でも寝言とか言ってたら恥ずかしい。

浴槽にお湯が溜まっていく。

水が溜まっていく音はいいBGMになって、考え事の効率を上げてくれる。


そういえば疲れてたのに佐々木さんと会ったら疲れが気にならなくなったなぁ。アレかな、マイナスイオンとか出てるのかなあの人。


あ、ドアが開く音がした。


「もうちょっとでお風呂準備できるんで、先に入っちゃって下さーい」

「私は後でいいですよ」


「そうですか?…じゃあ、先にいただいちゃいますね」


よし、なんかいつものテンションになってきた!







最初は抱いてしまおうと思ったが、彼女の疲労を考えると行動に移せない。

良くも悪くも相手の事を考え過ぎてしまって行動できない自分に、どれだけ好きなんだと呆れてしまう。


大切にしたい。だから慎重になる。


まだ抱き締めたことも、唇に触れたこともないのも、その想いが強すぎるというのが理由だ。

行為に運ぶことが目的だったが、それは却下。

しかしこれはチャンスだ。仮にも、いや、事実お互いを好いている恋人同士なのだから、抱き締めても、口付ても許される筈。


風呂から上がって浴衣に着替えて、ソファに座ってこくりこくりと船を漕いでいる玲さんは風呂上がりということもあって色気がある。今夜自分を抑えられるか不安になった。


「もう寝ましょうか、玲さん」


「ん…あ、はい」


お風呂上がりもカッコいいですね、なんて言う彼女は眠くて呂律が回っていない。

寝室はシンプルで、機能性重視。

色気がないですね、なんて言ってもいいが、今の彼女に言っても面白い反応は期待できないだろうから、彼女の意識がはっきりしている時に言おうと思う。


「おやすみなさい、いさぶろーさん」


貴女はなんで意識のある時に名前を呼ばないんですか、わざとですか。


「…おやすみなさい」


隣で寝息を立てる恋人の額にそっと口付をする。

いい夢を、玲さん。










「んー…」


隣にはる筈の熱を探して手を動かしても何もなくて、目を開けるとやっぱりそこには何もない。


体を起してベッドから降りると、佐々木さんがキッチンに立っていた。


こ、この人料理もできるんだ…


「おはようございます」


「おはようございます…」


「朝食、用意できてますよ」


「あ、はい。ありがとうございます」


椅子に座って、佐々木さんの作った朝食を口に運ぶ。


うん、流石エリート。美味しい。


目玉焼きは完璧なまでの半熟、ベーコンもいい焼き加減。なんだかいろんな意味で負けた気がした。


「よく寝ていましたね」


「…あ、はい」


昨日…うん、昨日。


佐々木さんがお風呂から出てきたあたりは覚えてるんだけど、ベッドに入った記憶が曖昧。

でも、すっごくよく眠れたのは確か。



「寝言、言ってましたよ」


「え、マジですか」


うわー恥ずかしい。

私寝言言うタイプだったんだ…。寝言言わなくする為にはどうすれば…


「なんて言ってました?」


「それはいいじゃないですか」


「いや、よくないです!」


「大丈夫、録音とか寝顔の写真を取るとかしてないですから」


「しましたよね?その発言絶対しましたよね?」


「そんなことより、時間は大丈夫ですか?」


「時間…?あ、ヤバっ」


時計の針は8時を刺そうとしている。

急いで寝室で着替えて、急いで髪をとかして。



「いってきます!鍵置いておくので持ってて下さい!」


バタバタと走って、部屋を出た。








彼女が部屋を出た後、テーブルに置かれた鍵を手に取った。


『鍵ありがとネ☆☆

これでいつでも不法侵入できるお(^.^)』


メールを送っても返信されるのはきっと12時くらいだろう。

メールを見たときの彼女の反応を想像すると、温かい気持ちになれた。






願う


((貴女にとって今日が、いい日になりますように))

(不法侵入!?ちょ、本当にしそうなんですけどこの人!)
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