望む



「編集長、休みを下さい」



うん、切実な願いですよこれは。



会いたいっていう気持ちはもう痛いくらいあるんだけど仕事が忙しくて会えないっていうこの…なんて言えばいいんだろう。



「休みが欲しかったら働け」


「ケチ、ハゲ、中性脂肪」


「そんなに減給されたいのかお前は」


仕方ない、編集長をサンドバックにしていても何も始まらない。


それに編集長の言うとおり働いた方が賢明だろう。


先生の書いた原稿をひたすら打ち込んでいると、今まで感じたことのない感覚を覚える。


佐々木さんと出会う前にもこう作業をしていたんだけど、出会ってから…っていうか気持ちを自覚してからは胸が締め付けられるような感じがする。


先生はやっぱり凄い。今まで共感できなかったのは私が恋愛していなかったからで、恋愛を経験している人たちが先生の作品にときめきを感じるのは当然のことだったんだ。


やっと分かりました先生。先生の作品を必ず完璧な状態で世の女性達に届けていきます!



「…よし」


会いたい会いたい言ってても仕方ない。

とにかく仕事だ、仕事!











「…疲れた」


結局作業に没頭してしまって、気付いたら時間は23時。

早く帰ろうと思うけど疲れて動く気力が出ない。

誰もいないオフィスに一人でいると、私が仕事できない人みたいでなんだか虚しくなる。

「…わぁ」


相変わらず凄い量のメール。

全部に目を通していく作業は結構時間がかかるんだけど…帰ってから見ると途中で寝ちゃうし、今見よう。


メールの文字を目で辿っていくと、先生の小説を思い出した。


なんだか声が聞きたくなって、ディスクにぐったりと伏せていた体を起して電話帳から佐々木さんの名前を開く。

ボタンを押してしまえばすぐに繋がる状態にして、ちょっとだけ迷った。


電話は嫌いじゃないんだけど、佐々木さんの声に色気があり過ぎて反応に困る。私は声フェチの気なんてなかった筈なんだけど…。


「…やっぱりやめよう」


戻るボタンを押そうとして、間違えて発信のメールを押してしまった。

あれ?なにこれベタな…ベタ過ぎるでしょうこれ。

どうしよう、いや、でもこれは偶然が生みだした必然みたいなそういう感じであって別に私が意図的に押し間違えたとかそんなんじゃないワケで…


『もしもし』


くっ、仕事が忙しくて出ないという展開にはならなかったか…!


「あ、あの…こんばんわ」


『どうしたんですか、こんな夜中に』


「え…いや、あの…」


ここで、佐々木さんの声が聞きたかったんです。なんて言ったら佐々木さん困るかな。

会いたいなんて言ったら余計に困るよね。


ふと、先生の小説の一文が目に入る。

…よし


「…どうしても声が聞きたくなってしまいました」


『…玲さん』


「佐々木さん、会いたいって言ったら…困りますか?」





望む



(今どこにいるんですか)
(え、あの…会社にいます)
(待っていて下さい)
(来てくれるんですか?)
(私も会いたいんです)
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