諦める
『もしもし』
「どうも」
『ど、どうも…』
「何故照れるんですか」
『いや…アレですよ。アレなんですよ…』
「アレってなんですか。アレでは分かりません。ちゃんと言って下さい」
『っ…佐々木さんの声、が』
「私の声が、どうかしましたか」
『も、もうこの話題はやめましょう!』
前に会ったのが1週間前で、たかが1週間会っていないだけでこんなにも会いたくなってしまう事に驚いた。
勿論エリートですからその驚きを表に出すなんてことはしませんが。
こうして電話越しに話しているだけで一日の疲れなど感じなくなってしまう程に癒される。
耐えられなくなって電話をしてみれば私の呼び方が異三郎さん、ではなくて佐々木さん、に戻っていたが、電話越しの会話がこそばゆいのか照れている玲さんに、この前のことが夢ではなかったのだと実感した。
未だに玲さんの言葉は私の心に焼き付いて離れない。
(私、佐々木さんが好きです)
(土方君じゃなくて、佐々木さんが好きなんです)
(驚きましたか、佐々木さん)
照れながら、躊躇もなくそう言い放つ彼女になんて言えばいいか分からなかった。
好きです、なんて言葉を受け取る為にあの場に行った訳ではなかった。
なのに、彼女は私に
『…佐々木さん?』
「…はい」
『急に黙り込んじゃったから心配しました』
「すいません。考え事をしていたもので」
『何を考えていたんですか?』
「貴女の事ですよ」
『…な、なにいきなり変なこと言って…』
「もう頭の中から貴女の事が離れないんです。責任は取っていただきますよ」
『…返しに困る事言わないで下さい』
今の時間帯だときっと自宅にいるだろう。風呂から上がってアルコール度数の弱い酒を飲みながら本を読んで自分が担当している作家にいいアドバイスができるように勉強をしている筈だ。
今から会いに行こうか。
いや、まだ仕事が片付いていない。それにお互い明日も仕事がある。今夜はやめておいた方がいいだろう。
「玲さん」
『はい』
「今度の休みは暇ですか?」
『あ、メールでも同じ事聞きましたよね』
「ええ。ですが返信がなかったので」
『実は仕事が入っちゃったんです。ごめんなさい』
「…そうですか」
彼女をこの腕に抱くのは、まだ先になりそうだ。
諦める
(まぁ、今だけですけど。)