「あ、ダメですよ寝てないと」
「もう治りましたよ」
「嘘つかないで下さい。早く治して頂かないと組織が機能しませんよ」
病室のベッドから出て窓の外を眺めていた異三郎は、病室に入ってきた一人の看護師の姿を、ガラス越しに見た。
まだ太陽が落ちていない時間帯の為はっきりとは見えないが、シーツを替えているようだ。
「早く退院して下さいね」
「そんなに私の世話をするのが嫌ですか」
「そうですね、目を離すとすぐに携帯弄ってますし、言う事聞いてくれないし」
「聞いているじゃないですか」
「嘘つきですね、本当にいけない人」
新米と言うには落ち着いていて、ベテランと言うには若いこの看護師に異三郎は興味を抱いていた。
いつも笑顔だが、稀に寂しそうな顔をする。左手の薬指に嵌められた指輪は結婚していることを意味しているが、他の看護師の話によると彼女は独り身らしい。
「ちゃんと寝てて下さいね。あと携帯禁止」
「嫌です」
「もう、やっぱり言う事聞いてないじゃないですか」
シーツを替え終わったのか異三郎の腕を引いてベッドに座らせる彼女の表情は笑顔だ。
包帯を替える時も、赤面などしない。異性として意識されていないようで異三郎は不満に思っているのだが、当の本人はその事に気付いているのかいないのか。
「玲さん」
「はい」
「好きです」
「私も佐々木さんのこと好きですよー」
「…好きの意味が違うと思うのですが」
白い包帯が巻かれていく。
向かい合っている状態なので、包帯が後ろに回されるときには必然的に距離は近くなる。
「ナイチンゲール症候群ですね」
「看病する側とされる側に愛が芽生えるアレですか」
「はい。だから退院すれば目が覚めますよ」
「玲さん」
「よし終わり。ちゃんと寝てて下さいよ?」
にこやかに笑って病室を去る彼女は、どこか寂しげだった。
シンドローム
(あ、また起きてる!)
(バレてしまいましたか)
(もう、いい加減にしないと怒りますよ)
(もう怒っているじゃないですか)