婚約者ができた。
しかも、自分が最も欲していた人間だ。
本来ならば喜ばしく幸せだと思えるのだろうが、実際はそう思えない。
「佐々木さん、佐々木さんのあんみつ食べてもいいですか」
私の隣で美味しそうにあんみつを頬張る彼女の想いは、別の男に向いている。
しかも、それを了承した上での婚約。
こんな月並みなシナリオなんて、今時誰も考えないだろう。
「…佐々木さん?」
「…半分残しておいて下さい」
「わかりました」
きっと同じことを私ではなく彼女の想い人が言えば、彼女は間接キスだと頬を染めるのだろう。
今、こうして彼女が隣にいること自体本来ならばありえない事。
なのにこうして婚約までしているのは自分の希望だからであって。
「…美味しいですか」
「はい」
「ドーナツもありますよ」
「流石にあんみつにドーナツは…」
「マスドのですよ」
「…1つだけ、いただきます」
彼女とその想い人が恋人同士になる確率は極めて高い。その確率をどれだけ低くすることができるかが自分にかかっている。
残された時間は多いとは言えないが、決して少ないワケではない。
彼女が私と過ごす時間を心地よいと感じてさえくれれば、勝算はあるのだ。
「…そういえば、デートはどうだったのですか」
「ど、どうって…別にどうも…。っていうか、デートじゃないですから!」
「素直に言わないと強引に籍を入れますよ」
「て、手を繋ぎました」
もうそこまで行きましたか。
思ったよりも土方さんはやるお人のようだ。
「…そうですか」
「はい…って、佐々木さん?」
「手が冷たいですね。冷え性ですか」
「そうです。…って、なんで手握ってるんですか」
くだらない。
自分から聞いておいて、嫉妬しているなんて。
「次に土方さんと手を繋いだ時、冷静でいられるように練習です」
「…ありがとう、ございます」
残念ながらべた惚れ
(キスをした時の為に練習しますか)
(なっ…)
(私、キス上手いですよ。エリートですから)
(エリート関係ないですよね?って、真顔で冗談言わないで下さい)
((冗談では、ないのですけどね))