一歩を踏み出す勇気



「どうも、佐々木異三郎と申します」


「…どうも、青村玲です。よろしくお願いします」


カコン、という音が響いて、私と佐々木さんの間には沈黙。

佐々木さんの隣には松平さん?っていう人がいて、なんか聞いたことある名前だなーと思ったら近藤さんが愚痴ってた人だった。

私の母と松平さんは仲良く話してて、「お話がまとまりましたら結婚式は和装で」なんて言ってる。

私、ドレス着たいかな…。いや、それ以前に話なんてまとまらないから。


私はずっと、顔を上げられないでいる。

というか、佐々木さんを直視できないでいる。

理由は、佐々木さんがずっと私を見ているから。

品定めをするような目かと言えばそうではなくて、何かを探っているような、なんだか不思議な目。


「では、後は若い者同士でゆっくりと…」

ああ、お母さん行かないで。

気まずい。大変気まずい。大体若い者って私もういい歳。20代後半。


「…玲さん」

「は、はい」

「私としては、今回の縁談をまとめたいと思っています」

「…え?」


な、何故だァァァァ!!

私の何処に気に入る要素が!?っていうか、いきなり名前を呼ばれたかと思えばそんな…

会ってまだ30分くらいなんですよ?

しかも会話なんて今した縁談をまとめたいと思っていますのくだりだけなんですよ?

それに、私は結婚なんてしたくないっていうか…大事な人が、


「私は貴女とは違う世界の人間だ」

「は?え、あ、はい…」


いきなり何を言い出すんですかこの人は


「生まれた時からエリート。就職や修学などは、全て親の言い成りでした」

「…」

「ですが、せめて結婚くらいは自分の好きにしたい」


え、あの…


「貴女も、エリートの私と結婚をすれば一生を約束されたような物。不満はないでしょう?」

「どうして、私なんですか?」

「実は、貴女が真選組の局長殿や副長殿と親密な関係であることを知りましてね」

ああ、どうしよう。嫌な予感しかしない。

もしかして私を人質にとりますみたいなそんな感じの…?


「調べて行くうちに、貴女に興味が湧きまして」


…え?


「私が貴女と結婚すれば、土方さんはどんな顔をするでしょうね」

「どんな顔もしませんよ」

自然と、口は動く。

私が佐々木さんと結婚しても、ただ普通に時間は過ぎて行くだけ。

変わるのは私の左手薬指の指輪だけで、土方君は相変わらず。


「私のこと、土方君はなんとも思っていませんからね」

きっと私は泣きそうな顔をしているだろう。

よかった、この場に土方君がいなくて。

目がうるんでるかもしれない。私を見る佐々木さんの目が驚いたように少しだけ大きく見開かれている。


「土方さんが、お好きなんですか」

「…好き、なんかじゃ」

「初対面の相手に意地なんて張ってどうするんですか」

「…好き、だと思います」

本人がいないのに意地を張る。もう認めてる筈なのに、口に出すのはすこし怖い。


「玲さん」

「はい」

「婚約しませんか」

「な、なんでそうなるんですか」

今まで私と佐々木さんは何を話していたんですか。

っていうか婚約ってなんだっけ?

あれ?もうなんか意味が分からなくなってきた。


「婚約はあくまでも結婚の約束であって結婚ではないのですよ」

「え、でもあの…約束、ですよね」

「そうですね。約束です」


結婚の約束、ってどっちみち結婚しなきゃいけなくなるんじゃないの…?

どうしよう、もうわけがわからなくなってきた。


「もしも貴女と土方さんが晴れて恋人同士になったら、婚約は破棄。もしも貴女の想いが報われなかったら私と結婚」

「あの、どうして佐々木さんが私と結婚したがるか分からないんですけど」

「先程言った通りですよ」

「でも、土方君にフラれたら結婚って。佐々木さんの目的果たせないですよね」

「…まぁ、その話はいいじゃないですか」

「え、よくない気がするのは気のせいですか佐々木さん」

「気のせいです」


なんか上手く丸めこまれた気がするんだけど…


「あの、私と佐々木さんが婚約したら、私達は婚約者になるんですよね?」

「そうですね」

「婚約者って、あの、恋人ってことですかね」

「それは分かりません。貴女が気を許していただけるならそうなります。結婚後も」

「じゃあ、私が気を許さなかったら」

「ただ、戸籍上は夫婦になるだけです」


なんか、別に婚約でもいい気がしてきたような…

それに、私もいい歳だ。土方君にフラれたらきっと私は立ち直れないで、そのまま独身貴族になってしまうだろう。

寺子屋で一緒だった女の子達はもうほとんど結婚したり、恋人がいる。私は明らかに取り残されているわけで。

婚約くらい、いいんじゃないかな…

佐々木さんも、悪い人じゃないみたいだし…いや、でも婚約ってこんな軽くしちゃいけないような気も…


「…外に、出ましょうか」

なんだか、分からなくなってきた。


私は佐々木さんに差しのべられた手をとって、中庭に向かう。

無駄に高級な料亭で、無駄にエリートな人とお見合い。私は無駄に着飾っている。

こんなに簡単に婚約するなら、無駄なものなんていらないんじゃないかな、なんて。


「…佐々木さん」

「はい」

「婚約、しますか」




――――――


―――














「うそォォォオオォォォ!!」


「ちょ、近藤さん五月蝿い」


「…」


怪しげな男が3人、とある高級料亭の茂みの中に隠れていた。

3人の視線の先にはお見合いをしているらしい男女2人。

会話ははっきりと聞こえている。


「え、ちょ…でもこここ…婚約」

「佐々木殿もなかなか口が上手いですねィ。冷静だったら婚約なんて絶対断るのに迷ってますぜ」

「…」

「なぁ、もし玲ちゃんが婚約を了承したら…」

「晴れて佐々木姓になって、いつもみたいに飲んだりできなくなる」

「そして夜は佐々木殿とイチャイチャ…あああああ許さん、お父さんは許しませんよ!」

「まぁ、安心してくだせェ。婚約はしても結婚はしやせん」

「なんでそう言い切れるんだ?」

沖田がずっと黙って2人の様子を見ている土方を見て、ニヤリと笑った。

「土方さんがフるワケないですからねィ」


相手の気持ちが分かって少しだけ嬉しいような、婚約と聞いて焦っているような、そんな変な感覚にのまれている土方は立ち上がって、出口まで歩いて行く。


「お、おいトシ!」

「タバコ買ってくる」

先程タバコを買っていた事を知っている沖田と近藤は笑って、土方に向けられていた視線を2人に戻した。


「案外、佐々木殿にもチャンスはあるんじゃないか?」

「そうですかねィ」

「ああ。婚約してるんだ。連絡は取るだろう?それにトシ玲もちゃんも直ぐに告白できない」

「あの二人、中学生みたいに初心ですかねィ」

「…さて、どうなるんだか」








結局婚約することになって、松平さんとお母さんは大喜びだった。

式はいつにするか、なんて話していたけど佐々木さんが

「正式な結婚は私達で決めさせて下さい。もう少しお互いを理解してから決めたいと思っていますので」


と上手く言ってくれた。


佐々木さんとはとりあえずメールアドレスと連絡先を交換してお別れ。

仮にも婚約しているのだから、連絡は取ることになるだろう。


お母さんと私は帰る道が違うから料亭で別れて、普段着に着替えた私は料亭を出た。



空が赤く染まっている。

なんか、二日の間でいろんなことがあった。

…土方君にどういう顔して会えばいいんだろう。っていうか、婚約者がいる人間と付き合おうなんて思う筈がないよね…って、あ


「…冷静に考えれば、ありえない」


私の馬鹿。


今更婚約破棄なんてできないし、溜息を吐く。

料亭の自動ドアを抜けると、絶対にいるわけがない人がそこにいた。


「…よォ」

「…どーも」

私の隣で壁に寄りかかりタバコを吸っている土方君の隣に立って、ぼーっと夕日を眺める。


「…帰るか」

「…そうだね」


どうしてここにいるのか、なんて聞ける余裕なんてなかった。

きっと、私の頬は真っ赤だろう。


「ねぇ、土方君


一緒に夜ごはん、食べに行こうか」


「…おう」








一歩を踏み出す勇気


(なぁ)
(ん?)
(今度の休み、どっか行くか)
(え…うん)
(…嫌なら、いい)
(べっ…別に嫌じゃない!)
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