眩しい光が目を刺激し、痛みに似た嫌悪感から目が覚めた。頭が上手く働かない。ついでに体が鎖で縛り付けられているかの如く微動だにせず、その倦怠感から漸く自分が体調を崩して倒れたことに気付いた。何時間ほど眠っていたのだろうか。近くに人は居らず、気絶してからの詳細を聞くことは出来そうに無かった。

「(黒死病…ではないな)」

寝転がりながら目元に腕を持ち上げて、袖を捲って容態を確認する。黒い班は見当たらなかった。黒死病に侵されても数日間は班は出ないと聞くが、口にしていないだけで体調の悪さは船に乗っていた時から継続していた。治療方法が模索出来ないには代わり無いが、あの厄介な病では無いことは確かだろう。それに少し安堵した。黒死病に掛かって生き残る自信は多分無い。それに黒死病の死に際は、あまり綺麗なものではない。

太陽があまりにも煩いから目が覚めてしまった。起きてからも延々と網膜を刺激してくる光にそろそろ頭も悲鳴を上げ始めてくる。起きると言っているだろう、やかましい。まるでコルテスのような奴だ。窓も何も無い空間に、太陽の光だけが明確に存在を主張していた。姿形が分からないのに存在だけが骨身に滲みてくる。何処とも分からない太陽に、私は視線を投げ掛けた。
成る程、太陽が神だと崇める人間が出てくるのも理解出来なくはない。今この瞬間にこの陸に立つ人間全員が面を上げて空を見上げてみれば絶対的に其処にある個体。土地にしがみついて生きる人間にはアレが神にもなり得るのだろう。先日この国には太陽神とは別に、もう一方にも神が存在することを知った。面白いことに、明確に存在を誇示しているというのに太陽神は絶対神になることはない。多神教なのだ。そしてそれはこの陸に限ったことではないのだという。
余談ではあるが多神教の元に成立する国は、一神教の国よりも外敵が少なく、豊かであることが多いらしい。これはコルテスに聞いた。法学に中途半端に手を付けた時期があったからか、彼は妙に知識が豊富だ。逆に考えてみれば、貧しく外敵が多い土地の人間はまとまらないと生きていけない。神を一つにすることにはそういう利点があるのだそうだ。滑稽なことに、今我らが皇帝がしていることと全く変わらない。そしてコルテスも、この陸を手にできたら迷いなく同じ神の存在を崇めるように強制し始めるのだろう。
さてその滑稽な男は何処に居るのだろうか。

「起きたか、イド」

寝台が軋む音を聞き付けたのか、丁度良いタイミングにコルテスは顔を見せた。目元に隈が見えて思ったより心配させてしまったことに気付いた。

「ああ、おはようコルテス。良いのかい?」

「何がだ」

「危機感が無いのか君は。感染する病かもしれないだろう」

「船医に看てもらったが、その心配はないそうだ」

「…なんだって?」

「お前のそれ、壊血病だよ」

コルテスの言葉に思わず息を飲み込んだ。壊血病、名前は知っているし症状も理解しているが、掛かったことはなかった。ただ船員になるなら避けられない病であり、掛かった人間は高い確率で死んでいったことも知っている。実際同じような症状を悪化させて死んでいく仲間を数えきれない程見てきた。

「船にレモンを積み上げたのはいいが、全部潮風にやられたからなあ…。お前の場合それに加えてあっちこっちと陸を駆け回っていたから疲れが溜まったんだろう」

「…駆け回ったとか言うな低脳が。私は君の為にだな」

「分かっている。が、自分の体調を顧みることが出来ず倒れる人間に低脳とは言われたくない。疲れているならそうと言え。俺はお前にとってその価値もない人間か?」

口を開こうとして、やめた。今は余計なことを言ってしまいそうな気がしたからだ。コルテスが求めているのは弁解ではない。反省と謝罪だ。彼らの真似をしてこのような失態は二度としません愚かな私をお許しください神様と泣いて許しを請うことをしてみようかと思ったが、間も無くコルテスの鉄拳が降り注いできそうだったので、私は神にではなく目の前の男に誓うことにした。

「…気をつける」

「良い子だ」

そうは言ってもたった一言で機嫌を治してくれるんだから、神様よりも寛容な男だろう。扱い易いとも言うが。
本人に言ったら笑いながら目元に小刀を挿入してきそうなことを思いながら、私は入り口の方に目をやった。バタバタと先ほどから騒がしい。航海士が起きたそうだ!と誰かが叫んだ声が耳に入ってきた。其処まで騒ぎになっているとは思わなかったので、素直に驚いてコルテスを見上げる。彼は溜め息をついて「うるせえ!」と外の部下たちを一喝した。

「私はもうすぐ死ぬことになっているのか?」

「壊血病つったら治療方法が分からないしな。そりゃ皆お前の葬式の準備で忙しいだろう。まあ俺はお前が病程度で死ぬとは微塵も思ってはいないが、そうは言っても人間誰も皆死ぬ。だからせめてお前の望み通りに死なせてやるべきだという考えに至ってな。海の上なら心置き無く見過ごそうと思ったんだ。だが残念なことに今は陸の上だ。これではお前も満足に死にきれんだろう。俺は別に構わないが、化けて出られても困る」

「…友人想いの優しい上司を持てて幸せだよ」

というかその言い回しどうにかできないのだろうか。

「お前自身の運に感謝するんだな」

コルテスがそう言った時、後ろから長い黒髪の男が入ってきた。何か液体が入った容器を手にしている。体を起こそうとなんとか腕を叱咤して後ろの壁に背中を預ける形で上半身を立たせると、コルテスがその肩を掴んで支えてくれた。男は私の前で屈んでにこりと愛想よく笑った。見たことある種類の笑顔だ。

「…あー、アギラール、君?」

「はい。私です」

「随分格好が変わったな。あの赤い野蛮な装いも嫌いでは無かったが」

「言ったでしょう、この国には未練は無いって」

初めて見たときの化粧も無く、高く結ばれていた髪も今は落ち着いている。髭も丁度良い長さに剃られていて、何処から見ても其処らのスペイン人だ。あの野蛮さは何処にも見当たらず、人の良い笑顔がよく映える。
彼は太い木の棒のようなもので容器の中身を掻き回していて、興味本意で覗いて見ると赤褐色という思わず眉をしかめてしまうくらいグロい色をしていた。

「…まさか、それ…」

「私も仲間を壊血病で何人も無くしていまして、此処に迷いこんだ時丁度その病だった部下が先住民にこれを飲まされたのですが、直ぐに元気になったんですよ。薬みたいなものです」

「…飲むのか」

頬がひきつった。肩を支えながらコルテスが爆笑している。非常に殴りたい。
だが薬だと言われて飲まないわけにはいかない。茶色容器を受け取って、暫く液体と視線で格闘していたが、覚悟を決めてぐいっと一度に煽った。

「まあお世辞にも美味しいとは言えませんけど」

「っごほ、っ…!」

「…大丈夫か?」

舌に乗った味に盛大に噎せた。コルテスが背中を軽く叩いてくるが、暫く堰が止まらず容器を抱えたまま悶絶する。この世のものとは思えないくらい不味い。というより苦い。香辛料を遥かに凌駕する辛味が喉を執拗に苛めた。口の中が焼ける感覚がして、手際よく手渡されたミルクを不快感をかき消すために飲み干した。

「…っな、んだこれは!人間の飲む物か!」

「此処の王様は1日10杯を日課にしております」

「10…!?」

信じられない数字に目を剥いた。一口飲んだだけで口が焼ける程熱いものを、どうして10回も喉を通すことが出来るだろう。興味を持ったらしいコルテスがその容器の匂いを嗅ぎ、舌に触れる程度に味見をしていたが、直ぐに口から離して顔をしかめていた。

「香りは良いが、毒のような味だ。何が入っている?」

「カカオトルというこの国の木から取れる果実を磨り潰したものに、唐辛子というものを混ぜてます」

「…唐辛子は知っているな。乾燥させて香辛料にしたものの辛味は胡椒に勝るものだと聞いた。実際口にしたのは初めてだが。だが、この香りはカカオトル…とかいうやつか?この色も?」

「そうですね。苦味もこの果実からです。壊血病に効くのは唐辛子の方ですが、この混ぜ方が一番好まれます。保存が利くので、船旅の良いお供になりますよ」

「…成る程…」

容器を手にしたまま考え込んだコルテスを横目に、ミルクを飲み終えた私はもう一度薬とやらに挑戦する為に彼からその容器を奪い取った。今まで辛味というものに出会ったことが無かったのでなかなか新鮮だ。歓迎できる味付けでは無いが。
コルテスは未だに興味深いこの飲み物の詳細をアギラールに訪ねている。新しいものに目がない男だ。役に立つものは全て持ち帰り陛下に献上するつもりなのだろう。
一方で私は薬とミルクを交互に飲みながら、はてと首を傾げた。このミルク、辛味を和らげる役割以上に、妙に苦味にマッチしてまろやかさを増長している気がする。

「なあコルテス。カカオトルというのを、唐辛子に混ぜるから不味いのではないだろうか」

「…ほう、というと?」

「例えば…このミルクとか。あとは砂糖とか、そういうので苦味を薄めてみるのはどうだ。香りは悪くないし、この液体より悲惨なことにはならないと思うのだが」

「成る程。確かに、このままだと一部の物好きにしか好まれなさそうだな」

彼は深く頷くと、僅かに残った液体を飲み干してアギラールに手渡した。少し慣れたのかもう味に顔をしかめることはない。刺激のある味に対して其処まで抵抗はないのだろう。何だかんだ言って満足そうだった。

その後、完治するまでそのグロい液体を飲まされ続け、軽く天国が見えたことが何度かあったが無事身体は元気を取り戻した。コルテスは自業自得だと言って止めもしてくれなかったが、まあ完治した。結局陸の上で惨めにくたばることはなかったのだから、薬様々だろう。
コルテスは最後まで病が治る手立てが見つかったのを、運が良かったからだと言い続けた。私がアギラールを見つけてきたのが不幸中の幸いだと。その捜索作業が過労に繋がって倒れたのだが、彼がそういうならそういうことにしておこうか。


―――
壊血病の原因はビタミンC不足。
このエピは私の妄想ですが、後にこの薬は我々がよく知っているチョコレートになります。カカオはコルテスが持ち帰ったんだって。
行き当たりばったりの続き物はこれにて完結。読んでくださりありがとうございます!
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -