当時20も満たない少年は、将来を見いだしていた法学の勉学を途中で投げ出し、世界の未知を求めたという。今、その男の手には、それなりの権威があった。家族も出来た。富も得た。それなのに平穏を抜け出し、土地を離れ、また新たな世界を求めて船の錨を上げたのは何の気紛れだったのだろうか。彼は安定を求めない。常に変化を欲した。胸を突き上げるような発見への歓喜、そして無知から得られる巨大な富。彼は自分の胸に野蛮な野獣が巣くっているのに気づいていた。欲しいのは居場所ではない、名誉と富だ。彼が32の時に居着いていたキューバを後にしたのは、若い頃大学でペンを握りながら胸の内に飼っていた衝動を、歳を重ねた今もまだ持て余していたからかもしれない。


コルテス率いる500以上の兵士はコスメル島の近くに錨を下ろしていた。というのも、ある噂を聞いたからだ。根拠のないものだったが興味はあった。

「『白い肌に黒く長い髭』だよ、フェルナンド君」

彼の古い友人は、馴れ馴れしく将軍の天幕に入ってきては、大袈裟に腕を広げた。友人の名はイドルフリートという。イドルフリート・エーヘンベルクだ。ゲルマンの血を色濃く受け継いだ男は、黄金の髪と天に照らされた海を思わせる碧い瞳を持っていた。一人の女に惚れた為に故郷を捨て地中海を旅し、富を求めて大西洋に居場所を求めた変わり者である。その変わり者は先日一頭の馬と一丁の銃だけを手にして興味津々と下見に出掛けていた。一度この島を訪れたスペイン人が居るから平気だと、根拠もない噂を言い訳に危険も顧みず一人で黄金探しを始めたのだ。怖いもの知らずの勇敢な男だと評すればいいのか、頭が狂った馬鹿だと捨ててしまえばいいのか迷うところである。しかし結果として彼は無事に戻り、将軍に報告するために真夜中も気にせず天幕を潜った。そして今に至る。

「…スペイン人、だな」

「ああそうだ。噂は本当だったんだ」

こんがりと焼けた肌を持つ先住民の中に、白い肌を持つ人間が居るという噂があった。イドルフリートが下見に出掛けた本当の理由はこの噂のソース探しだ。彼はコルテスをたたき起こし、嬉しそうに口元を吊り上げる。

「こいつは使えるぞ。元がスペイン人でこの島に住み着いている人間が居るとしたら、上手くいけば先住民と会話が出来る。コルテス、私は明日にでもその男に会うぞ。恐ろしくはないさ。私たちは1つの神の教えに集っているのだ、彼もおそらく私の言葉に耳を傾けてくれるだろう」

言い出したら聞かない男だ。コルテスの行動力も相当なものだが、彼は尋常を逸脱していた。家庭を作っておいて、自らの死に場所の為に平気で居場所を捨てるような人間だ。海のように自由な男だ。人間をがんじがらめにする筈のしがらみを迷いなく振りほどいてしまう。そんな男だからこそ、コルテスは彼を友人として慕うのかもしれない。嬉々として新大陸の報告をするイドルの碧はぎらぎらと欲望に焦がされていた。待ちきれない、と男は唇を熱くなった舌先で撫でる。


「…ああ、そうだコルテス」

一頻り興奮を味わったところで、イドルは大きく息を吐いた。今まで彼を覆っていたものが一瞬で掻き消え、コルテスは首を傾げる。何だ?と尋ねる前に、彼は重々しく着飾った服を惜しげもなく脱ぎ捨て始めた。

「おいイドルフリート」

遠慮なくコルテスは眉をしかめる。此処を何処だと思っていやがるとシャツ一枚になったイドルを睨み付けた。一応ただの一船員に過ぎない男が将軍の前でストリップとは何事だ。部下に示しがつかないどころか、恥をかくのは紛れもなくコルテスだ。しかしイドルが今更彼の説教に耳を貸すはずがなく、畏れ多くも将軍の寝床に体を横たわらせた。

「お前にはお前の寝床があるだろう。何の真似だ。私を変態に仕立て上げたいのか」

「…いや、友人のよしみで見逃してくれたまえ。昨日から倦怠感が抜けなくてね、些か疲れた。自分の天幕に戻るのは面倒だ。休ませてくれ」

「…病気か?」

「そんな柔な体はしてないさ。だが、はしゃぎすぎて体力が追い付かないみたいだ」

「でかくなっても子供だなイド」

「はは、私と君は同類だよ」

そう紡いだ直後、丸くなったイドルの小さく開いた口から寝息が聞こえてくる。本当に疲れているらしかった。今までは数日間働きづめでもピンピンしている男が珍しいものだ。良く見たら額に汗が浮かんでいる。

「…本当に病気ではないんだな?」

答える声はない。コルテスは濡らした布で彼の額を拭ってやると、その横に腰を下ろす。金髪を散らして眠る友人の寝顔をそっと眺めた。野心を抱く猛獣のような表情をする男だが、寝顔は幼子のようにあどけない。

「…不思議な男だな」

コルテスは小さく呟く。彼とは考えてみれば長い付き合いだ。元は北ドイツに定住する諸侯であるにも関わらず、安定よりも未知への恐怖を求めて止まない。コルテスより身分が高いのに気取るのは口調と態度だけで、彼を将軍として立てるのに長けている。イドルフリートは一体何をコルテスに、そして海に求めているのだろう。国でも陛下の為でもなく、己の欲望のままに旅立ちたまえと囁いたのも、思い返してみれば彼だった。コルテスは懐かしい記憶を辿りながらも、明日の未来を思い描いて瞳を閉じる。自分の人生を捧げてきた航海の夢を見る。未来に築かれるであろう名誉も富も、襲ってくるであろう困難や死も、全ては信じる唯一神の思し召しの儘に。

―――
史実ガン無視もいいとこです。イドルさんの初恋はレティーシャだと萌えますなー。
井戸子のパパンがイドルさん説に超同意しますが、船乗ってるやつがどうして井戸に落ちて死んだのか分からない。一番疑問なのが何を血迷ってあの継母と結婚したし^^^^
一応続きを書くつもりなので伏線だけ張っといて放置します(^q^)
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