(死ネタ注意)

久々に会った両親は、記憶より少し老いて見えた。ハンカチを手から離すことも出来ないまま母は俺に何度か謝った。何に対して謝られているのかは良く分からなかった。こんな事態になってしまったのは自分たちが仕事で戻れなかったからとでも言うのだろうか。なら謝るのは此方の方だというのに。久々に家族が揃ったのに、居るはずの奴が今は居なくて、ひどく違和感だった。


―――やだよ、どうしようイザ兄、だめだよ、だめなんだよ、やだよ助けてよ、クル姉が、どうしようイザ兄、どうしよう

マイルが電話で俺に向かって泣き叫んだ時には、既に片割れの姉は手遅れだったらしい。その日都内から仕事で出ていた俺は、その電話で始めてクルリの身に何かが起こったことを知った。マイルの日本語には聞こえない言葉を拾っていくと、クルリは折原臨也の妹だということで目を付けられ、数十人のチンピラに追い回され逃げていた途中で車に跳ねられたらしい。丁度ジムに居るマイルを向かいにいく最中だったそうだ。いつまで経っても姉が迎えに来ないことを不審に思ったマイルが、池袋を探し回っている時に野次馬の中心に倒れているクルリの姿を見つけ、息が無いことを確信してしまった。後の細かな情報は俺の独自の情報網で調べた結果だ。その情報からも、クルリの死は事実であると言われた。

その瞬間から記憶が朧気だ。俺は大切だった筈の仕事をいつの間にかキャンセルして池袋に戻っていた。ぼろぼろに泣き崩れたマイルに会って、両親も海外から戻ってきていた。俺は着なれない礼服を身に纏って、線香の匂いがする空間で呆然と親戚たちの中に座り込んでいた。妹の死がショックで放心していたわけでも、逆に彼女の死が理解出来なかったわけでも無いと思う。俺はただひたすらマイルの背中を視線で追いかけていた。マイルは事故直後泣きわめいていたのが嘘のように、今は別人と錯覚するくらいおとなしい。不気味なくらい一言も喋らなかった。こう見ると、本当に清楚な文学系少女に見えるから不思議だ。いつもはうざったいくらい良く喋るのに。
ああ、でももうクルリが居ないのだ。彼女が居ないなら、わざわざ性格をねじ曲げる必要性なんて無い。ということは俺が昔犯してしまった彼女たちへの罪悪感を、もう感じなくて済むということだろうか。それはずっと望んでいたことだ。嬉しい筈なのに全く喜べなかった。

お通夜にはドタチンや新羅が来ていた。シズちゃんも来ていた。シズちゃんは俺を見ても怒らなかった。それどころか声を掛けることもせずに、クルリの寝顔を覗き込んでいた。マイルに一言二言話し掛けていたが、彼女は「静雄さん」とぽつりと反応しただけで後は相槌を打つことすらしなかった。

「いつもは『幽平さん紹介して』って毎回のように引っ付いてくるのに、なんか、お前が静かだと不気味だな」

折原臨也を前にして名前通り静かなお前の方がよっぽど不気味だよ。
彼の言葉を耳にしてそう思ったが口にはしなかった。そんな俺を新羅が気持ち悪そうに見ていたが見なかった振りをする。昔も今も、俺の周りは変人ばっかりだ。本当に俺から離れようとしない人間は総じて変態だった。妹たちもそうだ。もしマイルがこれから大人しくなって、変な格好も、テンション高い話し方も止めた普通の女の子になったら俺から離れていくのだろうか。元からそんなに親しくない兄妹仲だったが、俺はふとそんな柄にもないことを思った。


「マイルを海外に連れていこうと思うの」

え、と俺は顔を上げる。唐突で間抜けな声が出た。俺の隣に居るマイルは母の言葉に俯かせていた面を上げて、次に俺を見た。目があったが、マイルはすぐに顔を逸らした。
何故海外へ、と疑問に思ったが、確かにそうだ。クルリと二人で住んでいた時はまだ良かったが、もうマイルは一人だ。女子高生が一人で住むわけにはいかない。両親はこれからまた直ぐに仕事で海外へ戻るのだろう。それは今までの放任への反省もあったのかもしれない。こうなってしまった以上、マイルを放っておくわけにはいかなくなった。

「臨也はそれでいいと思う?」

「俺が意見することじゃあないだろ。マイルに訊いてくれ」

「マイルは、此処を離れたくないんだって」

「は?」

俺は思わずマイルの方を振り向いた。彼女は俺の服の端を詰まんで、そっぽを向いて黙っている。「そうなのかマイル」と話すことを催促すると、彼女はぎゅっと縫い付けていた口を開いて俺を睨み付けてきた。多分、悲しいことを我慢して自然と顔がそうなってしまっているから意識はしていないだろう。でもそれがまるで俺を責めているように見えた。遡れば、クルリが死んだのは、俺のせいかもしれなかった。

「池袋がいい。クル姉と過ごした、池袋じゃないと嫌だ」

ぎゅうぎゅうと俺の服を握りしめる力が強くなる。マイルはおそらく誰が手を差し伸べようとも、その行き先がこの地でなければ振り向きもしないだろう。彼女にとって、クルリは片割れだった。双子という意味ではなく、人間としての片割れだったのだ。彼女は俺の妹でもあるから、自我の消失とは恐ろしいものだと感覚で気付いてしまっている。アイデンティティーの消失。これほど俺が恐怖を抱いているものはない。彼女もまた同じなのだ。だから俺はこの時だけ、マイルの考えていることがよく分かった。

「俺と一緒に住むか」

マイルの手を上から握ってそう伝えてやる。逃げ道を作ってやる。行き先が池袋では無いけれど、新宿からならいくらでも行ける。俺は、マイルに自分を頼ってもいいと言ってやりたかったのかもしれない。
マイルはぐっと眉をしかめると、大きく頷いた。泣くのを耐えているように見えた。

「それでいいかな、母さん」

「あなたたちがそれで良いなら、良いと思うわ」

母はそう言って立ち上がると、父に報告するため部屋を出ていった。俺はまた黙ってしまったマイルの隣に座りながら、彼女がこれからどう生きていくのか一人で考えていた。


―――
続くかもしれない
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