大丈夫かこいつ。

日陰で銅像の様に固まってる友人を発見。俺はラケットを脇に挟み、水分補給をしながら彼女に近付いた。気にしたくなくても視界に入ってしまうのだから仕方ない。明確な意識が無いのか、彼女の視線は俺のことを認識しようとしなかった。絶賛自分ワールドに旅行しているこいつの頭に貴重なスポーツドリンクの雨を降らせてやれば返ってくるだろうかと思いつき、実践してみることにする。

「…アルバラード、何してるんだ」

「その台詞ラケットで打ち返してやるよ、コルテス」

銅像が喋った。俺は水分を恵んでやることを止めて、向こう側からコルテスが死角になるように座ってやる。英国紳士と讃えられたいわけではないが、有難うの一言くらいは欲しいものだ。しかしコルテスの意識は此処に在らず。
今は体育の時間。男女混合でテニス試合をやっていた。試合をやってない人は順番が回ってくるまで日陰で涼んでいるが、こいつみたく見学でもないのに授業開始から日陰に座りサボタージュを決め込んでいる奴はいない。コーチに見つかったら引っ張り出されるのを知ってか知らずか、存在感がまるでない。俺が見付けなかったらそのまま日陰と融合してそうだ。

「…具合が悪いんだよ」

ぽつりとコルテスの呟いた言葉に溜め息を吐く。

「だったら最初から見学届出しとけ」

「忘れてた」

「忘れてたって…お前なあ…」

言われて初めて気付いたという様にぽかんと口を開ける彼女は指差して爆笑したいくらい間抜けだったが、俺はそうしなかった。コルテスの具合が悪いのは前々から知っていたし、何より首筋に見えた赤い斑点が俺の口を塞いだからだ。思考が回転を止める。やばい、こいつ。体調悪いのに昨日早退して何処で誰と何してたんだ。しかしよく顔に出やすいと言われる俺の動揺に気づくことなく、コルテスは座ったまま足を抱えた。「なあ、アルバラード」と薄く口を開いたと思ったら、「Kって何で自殺したんだ?」とよくわからない疑問を口にする。

「……お前、俺がそれ答えたら自殺したりしないだろうな」

「…いや、痛いのは好きじゃないからしない」

「痛くなきゃするのか?」

「…どうだろうな」

否定しろ。
見た目以上にコルテスが鬱っていることに気付き、俺はラケットを地面に置いた。

「…もしKが自殺した理由が、先生の未来を縛ることを目的としてたら、共感するかも」

「………いやいやいや」

其処は止めておけ全力で。俺は首を振ってコルテスの言葉を叩き落とす。
だけど実際、こころの中で先生は最後までKの死を引き摺っていた。人の死は偉大だ。それだけで誰かの人生を丸切り狂わせる。同じ死でも人身事故を起こした人間は、迷惑だと軽視されて一生を終えるのだから一概には言えないけれど。
兎に角コルテスが自分の死によって誰の人生を狂わせたいのか明確に分かってしまった俺は、その言葉が冗談に聞こえなくて口端をひきつらせた。

「……ヤッてるとこ、イドに見られた、かも」

引き寄せた膝に顔を埋めて、コルテスは蚊の鳴くような声で告げる。

「………そりゃやべーな」

俺はそう言うことしか出来なかった。


イドはコルテスの幼馴染みだ。俺は高校から彼女達と付き合ったので詳しくは知らないが、家が近くて幼い頃からずっと一緒に居たらしい。そしてコルテスがイドのことをそういう意味で好きなのも知っている。コルテス本人から何度か相談を受けていた。だけどイドの気持ちは、正直なところ俺にも分からない。最初の頃はいつも二人で一緒に居るから仲が良いなという印象を受けていたが、最近はあまり二人で居るところを見ない。避けているのか避けられているのか、メールのやり取りも無いのだそうだ。いや、おそらく避けているのはこいつの方だろう。自分の欲望の矛先がイドに向かうことを恐れて、無理に男を作っては別れることを繰り返していた。
イドを嫌いになるように。イドに嫌われるように。

(…嫌われたいなら、見られて逆に良かったじゃねえか)

顔を埋めたままのコルテスを見下ろしながら思う。これで諦めがつくだろう。そういう方面に耐性の無いイドのことだから、本格的にコルテスを避けるかもしれない。彼女の思い描いていた計画通りだ。良かったな。それでも祝福の言葉を送れないのは、後悔と絶望が棘のように彼女の周りに散らばっているからだ。嬉しかったら自殺直前のKの心境なんて訊いてこない。

これが切っ掛けで自棄にならなければ良いんだが。
まあ無理だろう。イドを好きになれば好きになるほど真逆の方向に猪突猛進するような女だ。1日に数人取っ替え引っ替えする事態になりかねない。「其処を貴方がきちんと矯正してあげなさい!」という今は室内で涼んでいて居ない友人の声が聞こえてきた。しかしベルナールよ、お前は大切なことを忘れている。俺はこいつのおかんじゃない。イドはというと、学校に来ていなかった。それが余計にコルテスの神経を抉ったらしい。確実に自分のせいだと思い込んでいる。

「…イドときちんと話をしてみれば」

「…無理」

「コルテス」

「あいつ、ちゃんと男の人が好きだから」

「……だって今のままじゃ」

終わっちまうだろ、お前ら。
そう次ぐと、コルテスはその水の張った黒曜石からぶわりと涙を大量に流した。ああやばい泣かした。周りの人間が此方を見ていないことを確認して、彼女の肩をぽんぽんと叩く。「やっぱり、もう終わりかな」と嗚咽混じりの声でコルテスは自嘲した。赤く染まった目元を覗き込み、彼女が友情ではなく本当にイドが好きなのだと知る。自分で振ったのに、俺はその言葉に応えることは出来なかった。


―――
コルテスの心境





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