俺の名前はローランサン。職業は人のお金を無断で頂く…お借りしたり、すこぉし頭にくる人間を再起不能…いや凝らしめてやるために社会的に色々手を回すことが主な仕事である。そんなふざけた仕事を生業とすることになった理由や切っ掛けは割愛する。その仕事には数年前相方が出来て、名前をイヴェールという。人を小馬鹿にしたような偽名だと思われがちな名前だが、実は本名だったりする。こんな職業をやっているから出会い初めは誰も信じないけどな。俺も含めて。そのイヴェールと俺は、仕事仲間兼恋人という関係になりつつある。なりつつあるというのは、一応互いの気持ちを伝えたは良いが、あとは一切進展してないからだ。いや一緒に住んでいるから抱き合ったりなんなりはするけど、恋人のように仲良く手を繋いで遊びに行くとか、夜にお洒落な店に連れていってやるとかそういうことは一切したことがない。イヴェールは何にも言わないし、俺も仕事とかでそこまで気が回らないからそのままズルズルと形だけの恋人生活が続いているだけだ。好きだと告げられたその日以降イヴェールに愛情表現したりされたことは無いと思う。セックスがそうだというならそうなんだけど、付き合う前もやることはやってるから俺としては彼との距離感は出会った時と対して変わらないのだ。何とかしなければと思う反面、別にこのままでも良いよなとも思っている俺もいる。しかし今夜、そんなぐだぐだした関係に決着を付ける時が来た。

「ローランサン先輩、だよな?」

「は?…うわ、何だよ久し振りだな」

酒場で一人でちびちびと酒を煽っていたら、珍しい顔つきに出会った。帽子を脱いであどけない顔で笑うのは数年前まだイヴェールと会ってない時に暫く相方として付き合っていた男だった。俺より若くて童顔だが、久々に会ったら立派な青年になっていてちょっと驚いた。裏の社会で働いている人間は大抵録でもない奴ばかりだが、こいつは無邪気でしっかりした所があってその上仕事もきちんとこなすから割と気に入っていた。つまり気があっていた。俺が街を離れると言って自動的にコンビも解消したが向こうは俺を覚えていたし俺も忘れていなかった。そういう仲だ。
久々だということで俺は彼と世間話で花を咲かせた。色々話すうちに彼と過ごした期間を段々と思い出していく。先輩先輩と寄り付いてくる可愛い奴だった。裏の世界でもこんな人がまだ居るのかと思わせてくれた最初の人間が彼だった。イヴェールの迫力も、負けていないけど。
そういえばイヴェールも彼と似たようなところがあると話していて気づいた。見目は正反対だが、言動がしっかりとしているくせに少し幼い所があったり、稀に笑って許してしまうようなドジをしでかしたり、そういうところが似ている。可愛いと思ってしまう。互いの穴を埋めてやるメリット点があったから相方なんてやっていられるのだろう。それはこいつもイヴェールも同じだ。そういえばイヴェールは何をしているのだろう。時計を見たら日付を越えていて、普段ならとっくに帰っている時間帯だった。やばい報告するのを忘れたと一瞬慌てたが、宿も近いし説明すれば奴も分かってくれる。そう軽く考え、もう一杯と女将に酒を頼んだ。


「さて、同居人も待ってるしそろそろ帰るよ」

俺がコートを羽織ったのは時計が2時を過ぎた頃だった。流石に話しすぎたと苦笑して立ち上がると、彼も続いて立ち上がり「勘定を」と女将に言っていた。

「良いよ俺が払う」

「いや、付き合わせたお詫びに奢らせて下さいよ。それに今俺結構稼いでるんです。先日大きな仕事で成功して、その金でとある大富豪さんに媚びたら何か色々今後の面倒見てくれるように言ってきたんです。その娘さんとの結婚相手がどうたらって言ってたから、これは足洗えるチャンスかなあって」

「そりゃめでてえな。お前昔からこの仕事止めたいって言ってたしな、勿体ない気もするが」

「はい、他のやつらに喋ったら袋にされるからこんなこと言えるの先輩だけです。それに今後は会えなくなるかなあと思って、名残惜しくて勢いで誘っちゃいました」

だから奢らせてくださいと笑って頼んでくる彼に対して断る理由は見つからなかった。先輩としてみっともない気もするが、彼が良いなら良いかと適当に結論付ける。やがて彼もコートを羽織り、一緒に店を出ようと歩いたところでふと隣が足を止めた。

「……どうした?」

「なんか凄く名残惜しいというかこのまま別れたくないって思ったんで、最後に我が儘良いですか」

遠慮がちに問いかける彼に俺は苦笑した。今更遠慮する仲ではないだろうに。

「乗り掛かった船だ。俺にできることなら」

「じゃあ、失礼します」

その言葉と同時にぐいっと襟を掴まれ、体が前屈みになった瞬間に頬に暖かいものが当たった。キスされたのだと気づいたのは、目の前の彼が顔を真っ赤にしてこちらを見上げていたからだ。え、何これ。何の空気。

「別れの挨拶です!すんません!さようなら!!」

そうして脱兎の如く逃げ出す後輩の後ろ姿に俺は何も言うことが出来ず呆然と立ち尽くした。いやいや挨拶て。そういう挨拶をしてくる奴も居るが、結構形だけっていうのが多いのに。そもそも女にやるものじゃないのか。俺は女か。そうした悶々としか気持ちを抱えたまま、まあ可愛いから良いやと溜め息を吐いて俺もイヴェールの待つ宿へと足を向けた。



「…ただいま…あれ?」

酒でぽかぽかと火照った体にコートは暑すぎて脱いだまま玄関のドアを開けたのだが、宿で借りた部屋には誰も居なかった。驚いて時間を確認する。どう見ても真夜中だ、何故こんな時間になってもイヴェールが居ないんだろう。俺と同じように別の場所で飲んでいるのだろうか。いや、それにしても遅すぎる。彼は気紛れな人間だが帰宅時間は割としっかりと守る奴だ。おかしい何かあったなと焦りだした将にその時、後ろから足音が聞こえた。

「おい、いつまで突っ立ってるんだローランサン」

「…あ?イヴェール?」

呆れたように溜め息をつく男は、紛れもなく相方だった。突然の出来事に軽く混乱する。俺が遅くまで帰ってこなかった理由を説明しなくてはとか、何故イヴェールはこんな遅くに部屋に居なかったのかとか、色々なことが頭を駆け巡った。対称に呆然するしかなかったこの状況で、まず口にするべきことを思い付いたのはイヴェールの顔を見たときだった。

「お前、顔青くねえか?大丈夫か?」

「ああ、仕事がまだ残っててな。屋敷の中調べる為に使用人になったのは良いけど主人が偉く面倒臭いお方でな、まだ埃残ってるだの窓の吹き方が雑だの接客がまるでなってないだの永遠と説教聞いてたら遅くなった。お前は何処の小姑だって話だよ、あー疲れた」

「…お疲れ様。珍しいな、お前が愚痴言うとか」

「いや良いんだよ自分に課せられたノルマはきちんとこなしてこそ立派な社会人だ。まあ俺みたいなやつを立派とか言ったら立派に働いてる奴に失礼だけどさ。とにかくあの屋敷にはいずれお礼参りに行くんだから今文句を言ったってしょうがないことはわかってるよ。働いたお金は倍以上に頂く予定だし、それを考えたらこんな労働大したことない」

部屋に入りコートを脱ぎながら、まるで喋ることが休息だと言わんばかりに口を動かす。やけに饒舌だ。俺がその違和感に気づいたのは、イヴェールの口調が段々と早くなるのに比例して低く冷たい音程を出し初めてからだ。長い付き合いで分かる。これは、イヴェールが怒っている証拠だ。血の気が引いていくのが自分でも鮮明に分かる。

「俺がこんなに愚痴を言いながらも懸命に働いてるって言うのにさ、世の中は不公平だな。酒を煽ってべらべらと過去話に花を咲かせてるだけで同じくらいの利益を得る輩も居るんだとよ」

「………」

うわあ、と思った。イヴェールの目付きが鋭くなって、俺を真っ直ぐ貫いている。イヴェールは怒っている。俺に対してだ。

「おい、人が朝から晩までこき使われている間に貴様は愛人と逢い引きか?良いご身分だな死ねよ」

イヴェールの正体が、目を見ただけで石になるっていうなんか神話とかでよく出てくる化け物だと言われても今の俺なら信じただろう。もしくは肌に牙を立てなくても人の生き血を吸えるバンパイアだ。血の気が引くというより、一気に抜かれた気がした。




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