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危険なものには※
主にサンホラ
Twitterでイドさんいっぱい

sh/drrr/小話/返信

リク/イヴェサン

(ドMローランサンと苦労人イヴェール)

胡散臭いが人の良い柔らかな笑顔で告げられた情報は思わず眉をしかめるものだった。相変わらず君たちは飽きないねえと余計な小言を背中で受け止めながらイヴェールは手持ちできる程度の治療キットの準備に取り掛かる。わざわざ報告に来てくれた賢者には明日の夕食の招待を取り付けられ(土産は豪華なのであまり無下には出来ない)、曖昧に返事をしてから宿部屋を留守にした。

情報先は寂れた公園だった。赤く滲んだ空が地面を不気味に染め上げている。夜の冷たい匂いがした。サヴァンが寄越した情報を辿って隅のベンチにまで歩くと、相方が体を横たわらせて眠っていた。いや正確にはぐったりと倒れていた。それでも抜け目ない感覚の鋭さが人の気配を察知し、疲れた瞳が開かれる。彼はイヴェールを見上げて、よおと笑った。

「へました」

「ヘマで済むか。ああもう」

何回目だよお前。そんな小言は言い飽きた。イヴェールはベンチの前で膝を付き、ローランサンの容態を確認する。白いシャツにはべっとりと赤黒い血が付着していて、遠慮無く留め具を外していくとまるで其処だけを重点的に掻き回したような痛々しい傷口が顔を出した。これは鋭利なお高い刃物でやられた傷痕ではない。悪趣味な輩も居たものだ。顔や腕には掠り傷が目立ったが、やはり脇腹の傷が一番酷かった。

「死にたいのか」

これらの傷痕が彼の言うところの「ヘマ」でやらかしたものではないことをイヴェールは知っている。猿も樹から落ちるし河童も河を流れる。もしそんな風に彼の鋭く磨かれた武力を掻い潜って偶発的に生まれた傷痕なら頭を悩ませたりしない。失敗ではない、故意なのだ、これは。

「なわけないだろ」

なのに此方が外れた発言をしたかのように口元を吊り上げる彼に少々苛立ちと殺意が沸いた。違うとのたまうのならこの頻度は何だ。そんなに死に急ぎたいならこの手で首を絞め上げてやると何度思っただろう。無言で睨み付けるとローランサンは困ったように笑った。彼はイヴェールの思考が理解出来ないわけではないのだ。

「お前は自分の力を過信しているわけじゃない。だがお前の実力を上回る人間がそう存在しないことも理解している。なのになんだこの状況。死に急ぎたいわけじゃないなら俺を医者にでもしたいのか?遠回しにマシな職業を持てっていう忠告兼嫌がらせ?凄く迷惑なんだけど」

「…は、…イヴェールが医者とか、治療される人間が精神的に病んで死に近づくから向いてないな」

「盛大な嫌味ありがとう。じゃあ死を望んでいるお前は俺の有難い頻繁な治療のおかげで夭折できるってわけだ。一石二鳥だな」

「だから死にたいわけじゃねえって」

以下ループ。本当話にならない。
ローランサンが苦しそうに喘ぐ下で、傷口に触れないように丁寧に泥や血を拭っていく。それでもじくじくと痛むのか彼は自分のシャツを乱暴に握り締めて耐えていた。それを見遣りながら、縫うほどではない傷の為にガーゼと包帯を用意する。

「ローランサンのその意味の無い愚挙に価値付けするとすると、俺の考察範囲では過去に懺悔でも抱いてるとしか思えないんだが」

「………」

はぁ、とローランサンの苦しげな吐息が上から聞こえた。視線を上げることはしない、どうせ彼は此方を一瞥もしないのだから。

「だが一言お節介を言わせてもらうと、お前の死が昔の犠牲者に貢献出来るほど価値あるものだとは到底思えない。見えもしないくだらない亡霊に惑わされてる暇があったら仕事の一つでも見つけるんだな」

包帯を傷口に当てて巻く作業の中、意味の無い手間に苛立ち口調が荒くなるのは仕方の無いことだった。体のみに傷を負っているわけではないローランサンに掛けてやる柔らかな言葉は用意していない。ローランサンは何処か虚ろにイヴェールを見下ろし、白い帯を巻く彼の手に自分の手を重ねて作業を止めさせた。それに気づいたイヴェールが彼を見上げる。

「俺には見えるんだよ。赦さないって小さな女の子が泣きわめいて俺を責めてくる。ならいっそ彼女の思い通りになれば良いのかなって思うと、なんかこうなってるんだ。なあイヴェールにはそんな亡霊が見えないのか」

「悪いが目に見えないものは信じない主義でね。お前の死によって発生する利益とこの先の仕事による利益を考えたら後者を取るのは自明の理だろ」

「合理主義者なんだな。友達が居なさそうだ」

「御察しの通り、友達は極度の被虐趣味のくたばりぞこない一人だけだよ」

嫌味を嫌味で返すとローランサンはついに眉をしかめて黙ってしまった。ああ、とイヴェールは苦く笑う。被虐趣味のくたばりぞこない、我ながらなんて言い方だろう。ただローランサンもその自覚が無いわけではなく、愚行の後は必ず痛みとは別の理由で泣きそうな顔をする。
もし彼に本当に亡霊が見えているのならその亡霊ももう彼を赦してやれば良いのにとイヴェールは内心で口にした。この男は色々限界なのだ。死の渡り方だって手探りで、幼馴染みに許してもらえる方法なんてとっくの昔に忘れてしまっている。

「人間って悲しいことは時間が経てば薄まる生き物なのにな。ンな顔して笑うんじゃねーよ…」

「…イヴェール?」

「なんでもない」

嫌味でしか、彼に残ってくれと伝えられない。白い帯の上から傷の周りをなぞながらイヴェールは思考する。傷を敢えて受けるという愚行を再度繰り返すと理解しているのに一言「やめてくれ」と言えない。彼の過去に容易く入れるわけがないという己で作った一方的な壁と、ローランサンの悲しげな視線の拒絶がイヴェールの前に境界線を敷いていた。もどかしさに胸を痛め、言いたい言葉を全て喉の手前で飲み込んで、イヴェールは小さく彼に対して「眠ればいい」と呟いた。ローランサンの瞳の前に自分の手のひらで影を作ってやり、一時の安らぎの時間を与えてやる。せめて宿屋まで運んでやる時間だけはゆっくりと心を休めろと、願うように、やさしく。


―――
リクエストの『イヴェールに宥められるローランサン』なイヴェサンでした。宥めるにもイヴェールがツンデレすぎて嫌味しか言ってくれなかったし。

過去のことで被虐癖があるローランサンにイライライライラしながらも治療しないわけにはいかないイヴェールの図。

2011/04/04 23:54

リク/サンイヴェ

(現代パロ)

携帯電話が震えている。
風呂から上がってそのことに気付いた俺は、その鳴き声を探るためにぐるぐると歩き回った。つまり携帯をどこに置いたのか忘れた。バイブ音が長いから電話だ。そう確認しながら昨日使ったでかい鞄の中を探るとやはりあった。我慢強く待ってくれた携帯…いや携帯の向こうの着信相手に拍手を送り、親指を動かした。あ、肝心の相手を確認するのを忘れてた。知らないおじさんが俺のパンツの色とか訊いてきたらどうしようと携帯を耳に当てながら思考する。ちなみに今日はオレンジのボクサーパンツです。

『もしもし?ローランサン?イヴェールだけど』

杞憂だったらしい。

「あ?どうしたこんな時間に」

『まだ9時だよ?寝るには早いじゃないか』

寝るには早くても電話していい時間帯はとっくに過ぎてると思うのは俺だけだろうか。つっこむのは面倒なので放棄する。大体この時間帯、イヴェール、電話、の3つで俺はこの後どうすべきか分かっちゃってるし。付き合いが長いってのは恐ろしいものだ。ちなみに俺とイヴェールは小学校から大学生に至る間に二週間顔を合わせなかった時期がない。学校は同じだし夏休みで遊ぶのも一緒だったし受験期は行く図書館が一緒だったし俺個人が誘われた合コンにもなんか隣に居た。ストーカーか。

『なぁ』

抑揚の無い声が電話越しに響く。どうやら疲れているらしい。喋ることにも億劫だと言いたげな声で、どうせ暇なんだろう?と彼らしいひねくれた言い回しをしてくる。その上から目線の物言いに機嫌を損ねて通話を断つことも可能だったが、もう今更すぎるし、結構疲れた声だったから同情の方が勝ってしまった。それに、俺はこの後紡がれる言葉を一字一句間違えずに紡ぐことができる。

「『俺を犯しにきてよ』」

はいはいビンゴ。

俺は一呼吸置いて、わざと大袈裟にため息をついた。此処まではテンプレだ。

「そんなことばっか言ってるとお父さん泣いちゃうぞ」

『きもい。分かってるなら来なよ』

「女王様か。お前いい加減その言い方やめろよ。これで行ったら俺の自尊心が性欲にあっさり負けたみたいじゃねーか。違うからな、俺は抱かないからな。大体そういうつもりの彼女だってきちんとオブラートに包んで愛情をご提供するっての。メールに『今夜会いたい』って一言送るとかさあ」

『は?日本語喋れ』

「機嫌悪いな…。分かった行く。行くからそれまでに機嫌直してろ。あと間違ってもゴムとかローション揃えとくなよ。代わりに軽食用意してろ。お酒とか」

『わかめ酒が良いの?』

「日本語喋れ」

鸚鵡返しになってしまった。でも全てはイヴェールのぶっ飛んだ思考回路のせいなので俺は悪くない。つかわかめ酒って、おっさんかあいつは。AVの観すぎだ。
こうしてイヴェールに夜呼ばれることは多々あった。一番最初は高校の時だと思う。最初の頃は本当に冗談だと分かるような笑みを浮かべて「なあ抱いてよ」と俺を誘い、はいはいとその身体を引き寄せて一緒に寝た。ちなみに一度も抱いたことはない。
イヴェールは精神的に疲れると良く俺を呼んだ。慰めて欲しいなんてどうしても言えない彼は、本音より先に建前を並べ立てて事を自分の思い通りに進めようとする、癖がついてしまっている。付き合いはじめはその嘘に何度も惑わされていたけれど、最近は慣れた。今では彼の可愛くない誘い方が精一杯の懇願だと気付いている。治そうとしないイヴェールも大概だが、分かっていて甘やかしている俺も大概の大馬鹿者だ。多分此処で俺が断ったり、反対に本当に手を出したりしたらイヴェールは絶対電話をしてこなくなるだろう。おそらく俺はそれを恐れている。

「…滑稽だ」

電話を切って、待受画面に切り替わった携帯を見つめながら俺は呟く。この携帯が、唯一俺ら二人を繋ぎ止める道具だと思う。そう思ってしまったのは果たしていつからだろうか。もう俺らは添い寝しないと眠れない子供じゃあないんだよ、イヴェール。そう心の中で呟いて携帯を閉じた。



自転車で15分が俺とイヴェールの距離。夜の街は春といえどもひんやりと冷えていた。この景色を往き来するのに慣れすぎてそろそろ飽きてきた。何処が近道だとか、コンビニには何の菓子が売っているとか、玄関前の花の種類とか、野良猫の出現場所とか、今では俺はイヴェールの部屋のドアノブが何色かさえ覚えてしまっている。付き合いが長いってのは恐ろしい。
チャイムも鳴らさず門を勝手に潜り抜け玄関のドアを開いて中に入った。鍵は最初から開いていた。リビングを通って台所に入ると、風呂上がりで濡れた髪を結い上げたイヴェールが枝豆とビール缶を手に振り返った。濡れてるだけで絵になるんだからイケメンってのは本当絶命してほしい珍種ナンバーワンに堂々とランクインする生き物だな。ああ、ちなみに俺は多分そこには入らないけど妬むほど不細工ではない。

「来た」

イヴェールを見つめながら首を傾げてみせると、彼はぐにゃりと表情を歪ませた。その表情に罪悪感が増す。
会ったのは二週間振りだ。記録更新しちまったな。

「最近忙しいかったから顔出せなくてごめんな。明日は空いてるからさ、なんなら久々に二人で此処でのんび、っうぇ?」

「…ッ」

ゴトッ、と派手な音を立てたと思ったら缶が床に叩きつけられていた。枝豆も仲良く餌食だ。あーあと声を漏らそうとする前に驚愕により別の声が上がる。ぎゅうううと音がしそうなくらい正面からイヴェールに抱き締められていた。

「…ひ、さ、しぶり。サン…サン」

「イヴェール…?」

電話の声と同一人物かこれ。
あまりの急展開に薄い頭がついていかず思わず名前を呼んで確認してしまった。ちなみに薄いのは頭皮の毛じゃなくて脳ミソの中身な。困惑しながらも撫でるようにあやすとイヴェールは応えるように抱き締める力を強くするから、ああちゃんと俺の知ってるイヴェールだと思った。意地っ張りで可愛くない裏側にめちゃくちゃ可愛い本音を隠し持っている俺のイヴェールだ。

「お前さ、抱いて欲しいなんて理由は要らないから、死にたくなったら俺を呼べな」

甘やかしているなんて溜め息ついちゃったりして、子供ではないと嘆いてみたりして、でもイヴェールが居ないと呼吸すらできないのは、誰よりも建前を並び立てて本音を隠してるのは俺自身なんだろう。最後のその瞬間まで延々とイヴェールの隣で呼吸していたい、そんな利己心と共に俺は生きている。

「お前が本当に死にたくなった時に俺を呼んでくれたらさ、お前の為にオレンジのボクサーパンツから勝負下着に履き替えて、死ぬ気で自転車漕いで来てやるから」

なんてな。
イヴェールが怪訝に眉を寄せてこちらを見てきたので、独り言だと笑い返した。


―――
リクエスト『ネガティブなイヴェールを引っ張りあげるローランサン』なサンイヴェでした。
という有難いリクエストなのなどうして下ネタに走ったつばめテメェ…。

イヴェールはテンション下がると思考が上手く働かず無表情のまま下ネタ言うから扱い憎いんです。
そして相変わらず小話が小話の長さじゃない。

2011/03/27 23:47

リク/イヴェサン

(現代パロ/相変わらずご健在な猫嫌い設定)

にゃおん、と満足そうに一匹の三毛猫が鳴く。まるで俺を歓迎しているかのように。玄関門の端で丸まっているそいつに目を向けても、人間に馴れているのか逃げもせずにこちらをちらりと一瞥してまた眠ってしまった。野良だけど餌はこの近辺の住人に与えて貰っているんだろう。贅沢な上に暢気なやつだ。
そういえば有名な話ではあるが、三毛猫は殆どメスしか生まれないらしい。生物の授業で教えてもらったことによると斑を決める染色体の問題なのだそうだ。オスが生まれることは皆無に等しく江戸時代ではオスは福を呼ぶとされ船の上に乗せられた。なんでもそうすると船が沈まなくなるらしい。現代人には理解し難い感覚だろうな。
門を通り庭に入ると、思わず後退りしてしまうほど大量の猫が生息していた。階段や地面や屋根の上などに寝転がり日向ぼっこを楽しんでいる。流石寝る子と書いて猫だ。まあこの語源はそこまで信憑性が無いけど。日向はそんなに気持ち良いのだろうか、俺の知り合いの女の子は皆焼けるって言って日を浴びるのを嫌っていたのにな。玄関の三毛猫はメスだからって日向を嫌いにはならないらしい。不思議だな。
中に入ってきた人間が珍しいのか、全部の猫が一斉にこちらを見つめてきた。夜だったら目が光って怖いかもなと隅で思いながら奥まで歩くと、家のドアの前で大きな袋を持ちながら立ち竦んでいる友人の姿を見つけた。相変わらずだ。

「おいローランサン、学校遅刻するぞ」

「それどころじゃねえええ!!!」

状況見て言え馬鹿イヴェール!と腹の底から大声で怒鳴られるが、俺から見えるのは庭で気持ち良さそうに日向ぼっこしてる猫を眼前にして腰を抜かしかけている間抜けな高校生だけだ。あ、そうか。ローランサンは猫が嫌いだったんだ。と今更思い出す。どうやら猫の間を通り抜けることに怯えているようだった。

「そもそもなんでお前ン家こんな大量に猫吸い寄せてるんだよ…」

「知るか!餌やった覚えなんてねーよ!」

「マタタビとかあるの?」

「あるわけないだろ…!」

らしい。いやだったらなんでだよ。
俺が推測する範囲だがおそらく猫にとってはこの家の庭は都合のよい休み場所なんだろう。こんな都会の住宅街には道路と敷き詰められた家やマンションやアパートしか見当たらないが、この家は結構広い庭を持っている。なぜかと言うとあいつの父親が売れる画家さんで、あの間抜け本人は園芸が趣味だったりするからだ。知らないうちに猫が好みそうな匂いの草とか育ててるんじゃないのか。そういえば反対に猫が寄らない草って売ってたりするよな。それ買えばいいじゃんと思考に耽ってると、上の方から「イヴェール助けて…」と力無い悲鳴が聞こえてきた。

「イヴェールがこいつら追い払ってくれたら俺お前のお嫁さんになる」

「いや意味分かんないし」

大分錯乱していらっしゃるらしい。俺は仕方なく階段を上り、ローランサンの居るところまでたどり着く。猫が俺の動向を探るようにこちらを見てきているのはなんとなく気づいていた。なんだこの監視されている気分。

「イヴェール…」

こちらを見上げたローランサンは泣きそうだった。その手には大きな袋があり、それはどうやらゴミ袋だったようだ。今日はゴミの日だからついでに出すつもりだったのだろう。俺としては猫よりゴミ目掛けて飛んでくるカラスの方がよっぽど気味悪いのだけれど。

「走って行くからついて来い」

「イヴェール男前だな…でも普通に無理です猫目の前にいっぱい居るもんこっちガン見だよ穴空くっつーの。あいつら絶対俺のこと餌か何かだと思ってやがる。もう決めた俺はこれからちくわは食べない。焼き魚も我慢する。だから頼むこっち来んな速やかに消え去ってくれ」

「重症だな」

溜め息しか出てこない。もんとか言うなよ男子高校生が。時間ももう無いと言うのにこんなくだらないことで遅刻するなんて真っ平だ。目隠しでもして無理矢理腕を引っ張って外に連れ出すていう方法を思い付いたが、それだとローランサンに新たなトラウマを上書きしそうだ。なんて面倒くさい男なんだろう。
ついにローランサンに限界が来たのか俺の背中にしがみついて離れなくなった。震えているのは気のせいではない。俺は冗談で笑っていられるけどローランサン本人は本当に猫が嫌いで嫌いでしょうがないんだ。これは本格的にどうしようと迷っているとき、ふと後ろからふわりと彼の匂いを背中から感じた。いつもそばに居ると匂うシャンプーや香水とはまた違う、これがローランサン自身の匂いなんだろう。

これだ、と思った。


「ローランサン、脱げ」

「へ!?」

くるりと後ろを振り返り、力に任せて彼をドアへと押し付ける。案の定驚いて抵抗し始めた彼をなんとか抑えながら学ランのボタンを半ば引っこ抜くように外していった。

「ちょっ、馬鹿!お前イヴェール此処どこだと…っや、こら、っおい!」

「うるせー黙れ犯すぞ」

「いやいやいやこれ黙ってても貞操の危機だからな!分かったイヴェール落ち着こう一度冷静になれ俺は好きな人が居るんだだからごめんお前の気持ちには答えられない他にあたっ、ひっ!」

「…お前が落ち着けよ」

猫で混乱した頭にこの暴挙でローランサンの元から無い脳はパニックを起こしている。それは知っているので、とりあえず落ち着かせようと耳元で静かに囁いてやるとローランサンは小さく鳴いて大人しくなった。やれば出来るじゃないか。

「よし」

何も言わなくなったローランサンから学ランを剥ぎ取り、出来るだけ遠くに向かって投げ飛ばす。すると庭で幸せそうに日向ぼっこしていた猫たちは一斉に起き上がり、我先にと学ランへ群がっていった。まるでマタタビを投げられたような反応だ。俺はその隙にローランサンの手を取って階段を下り、門まで走り抜ける。玄関で寝ていた三毛猫も今は学ランに刷りよってまた睡眠を再開した。

「やっぱりお前自身の匂いが猫引き寄せてたんだな」

息が荒いローランサンを一瞥して言うと、彼は顔を真っ赤にしてこちらを睨んできた。あ、涙目だ。

「ばっっっかイヴェール!!死ね!!」

「お前助けてやった親友にそれはないだろ。猫追い払ったら俺のお嫁さんになるんじゃないのか?」

「だ、誰がなるか!」

そう言って袋を乱暴にゴミ置き場に投げ捨てて走り去ってしまった。はあ?と首を傾げるが尋ねる相手は逃げてしまったのでどうしようもない。とりあえず遅刻はしなくて良かったと俺もその背を追い掛けた。帰りにまた猫で家に入れなくなってももう助けてやらないからな。

―――
リクで『イヴェールにめちゃくちゃ攻められて泣くローランサン』でした。にゃんこ嫌いネタでも良いと言われたのでお言葉に甘えましたてへっ☆この設定久々に使ったよ…。
あと長くなりました。すみません。

うちの家にも何故か野良が生息してます。飼い猫もたまに見かけます。なんでだろうね…。


2011/03/22 00:22

リク/クロセカ親世代

確かにね。
人は過去から今に至る過程において一瞬で目に見える変化をしない。今ふと昔を思い出したら違和感を覚える。忘却している。または進化している。きっとそういうものなんだ。僕はたまに思う、人は本当に変化が必要な生き物なのかって。生まれた瞬間から今まで自分という定義がはっきりしていたら人はこんなにも困惑したり苦悩したりしないと思わないかい?でもおそらくそれ自体が人間を定義付けるものであるんだ。
そう考えると、ノアはやっぱり人間を逸脱している。永遠を手にいれるってどういう事だか分かる?成長しないってことだ。彼は変化を忘却してしまった生き物なんだよ。

僕は何気に施設が好きだった。掃いて捨てるような人間がたくさん閉じ込められるような空間が息苦しいなんて思っていた時期もあったけどさ。思春期は仕方ないよね。
僕はそこの屋上にある、段差の下の影が出来ている部分を勝手に自分の縄張りにしていた。施設の人間にはやることが嫌味なくらい完璧に決まっていてね、好きな時間に外に出ることは許されなかったんだ。でもその空間は屋上の隅っこにあったから入り口から死角になっててさ、見回りに来る修道女も気付かなかった。勿論見付かったらお尻を叩かれる勢いで叱られていたと思うよ?でもね、僕はその縄張りを手放せなかった。何故だか分かる?自分のテリトリーを作って、少しでも日常から離れたかったか…もしくは単純に、施設の規則に逆らいたかったからか。今となってはどうでもいいけど、あれは幼少時代から未来永劫続くと思われた僕の環境を変化させる切っ掛けだったんだ。ノアを父とし友を同類と呼んだ、あの世界からの逸脱だった。
ああ魅力的だったさ。何せ自分の知らない景色が目の前いっぱいに広がって、森の隙間から稀に白い鳥が一斉に群がって飛び立ち、地平線へと消えていくんだ。その向こうにはきっと町があっただろう、城があっただろう、海を見渡せただろう。想像力を掻き立てられたんだ。行きたいと願うのは自然なことだった。まだその時の僕はノアが唯一神のようだったし――ああ、これはあくまで喩えだけれどね――願望を抱いてもノアの懐を抜け出したいと願う強い力にはなり得なかった。さっき言った通り、これは些細な切っ掛けなのさ。

ある日ひっそりとイリアを自分の世界に招き入れたんだ。僕が仄かに彼女に恋心を抱いていたか、あるいは親しい友人が彼女だったからか。とにかく、秘密を共有したいという思春期特有の可愛らしい思いつきだったのさ。彼女は首を縦に振って着いてきてくれた。ノアに逆らうかもしれないという懸念は彼女には一抹も無かった。ただ純粋に綺麗な場所を求めていたんだろうね。断られたり、軽蔑されたらどうしようという僕の心配は杞憂だった。
素敵な場所だろう?君はきっと外に出る時間が短いのだから、たまにこうして遊びに来ると良い。僕は確かそう言って彼女と約束を取り付けた。そうだね、この瞬間から僕のテリトリーは自分の欲望を満たす空間になったんだ。

それから数週間くらいかな。イリアと二人でその空間に居たんだけど、修道女に呼ばれる時間だからと彼女は一人で屋上から出ていったんだ。いつもは一人で満足していた居場所だったんだけど、彼女が消えた途端に一人でそこにいるのがつまらなくなった。だから僕も帰ろうとしたんだ。あまり遅くなると修道女に見つかるからね。
それで屋上の扉を開けて施設の中に入ろうとしたとき、僕は驚いて悲鳴をあげかけた。何があったと思う?ノアが、屋上の扉の前に立ってたんだよ!何も言わずに僕を見下ろして、ふいに死角になっている段差に視線をやったんだ。それでさすがに気づいた。バレたんだ、あの場所が。イリアは何も疑問を持たずにノアに挨拶して横を通って行っただろう…彼女は罪を犯している自覚は無かったからね。でも僕にはあった。施設の規則を破ったことと、イリアをそこに連れ込んだことだ。
でもね、彼は僕に何も言わなかった。ただ黙視していた。何があったかその回転の早い脳内では結論が出ていた筈なのに、ノアは見て見ぬ振りをしたんだ。仮にも僕は黒の神子を外に連れ出した悪人だというのに。
あの時ノアが何を考えていたのか分からない。でもきっとあれからまだ屋上に入れたことを考えると、本当に何事も無かったかのように見逃してくれたんだ。完璧を求めている人が些細だけれども確かにある欠陥を眺めるだけで終わらせたんだよ。
そんな出来事があってから僕は一度あの空間を手放してしまおうかと考えたんだけど、イリアが行きたい行きたいってせがむからやっぱり手放せなかった。ああこれじゃあ言い訳みたいに聞こえるか。うん、僕は自分の欲望に逆らえなかった。イリアを見るとどうしても足が動いてしまうんだ。病気だね。


僕はあの場所に通い続けた。イリアも通い続けた。その間に色々なことがあったよ。戦争も起きたし、反乱もあった。唯一神の信仰も揺らぎだして、この施設の思想も価値観も真っ二つに割れ始めた。ノアの逸脱した人間性に着いていける人が居なくなっていたんだ。僕は、おそらくその先頭に居た。
あんなにノアを頼って生きていたのに不思議だよね、幼い頃は彼が世界のすべてだったのに。きっとね、これが僕の変化なんだ。もしかしたら生まれた瞬間からこうなる運命だったのかな。ほら、そう思うと変化なんていらないものだろ?僕はそうやって自分を死に追い込んでるんだから。

でもね。ねえ聴いといてよ。僕だけが変わったんじゃないんだよ。

施設を抜け出した人間が続出していた時期、僕は自分の身の振り方について考えていた。その時ふと思ったんだ、あの場所に行こうって。きっとあそこは何一つ変わってなんか居ないから僕を落ち着かせてくれる筈だ。だから久々だけど、屋上に行こうって思った。

そう思ってたんだ。

行ったら、なぁ、あそこ閉まってたんだよ。屋上の前の扉にしっかりと鍵が掛かっていて、どうしても開けられなかった。元から鍵穴なんて無かった場所にだよ?それで気づいたんだ。ノアだ。ノアが閉めたんだって。施設に手をつけることを許可出来るのは彼しか居ないからね。此処は確かルキウスとイリアが密かに出入りしていた場所だ、怪しい、閉めておけって感じかな。まああの人の考えていることを理解出来た試しがないけど。

一時期は見逃してくれたのにどうしてだろう。これはきっとノアに起こった最初で最後の変化なんだろうね。僕はそれに気付いてるよ。ノアは気付いているのかな。

完璧であるべきの彼の世界に修正が加わって、改めてそこに閉じ込められた僕は考えた。自由か平穏か終焉か永遠か…あらゆる選択肢のカードを並べて、ひとつだけ取ったその結論はこれだよ。彼に喧嘩を売ってみた、その結論がこれ。


長々と話を聴いてくれてありがとうね、白鴉。面倒だったと思うけど、僕はなんとなく君には知ってほしかったんだ。ノアのことやこの長くて醜い戦争の動機。先頭を走る人間が何を考えているのかとかさ。
気が向いたら誰かにまた話してみてよ。みんな一笑に付すのだろうけど、きっとこの話は予言書に書かれていないから。君が語り継いでくれるかな。そうしていつか僕の娘に、僕が当時何を思って生きていたのか伝わってくれたら良いのにって、そう思うよ。

僕にはもう屋上の秘密の場所は必要無くなった。あの景色を見ることもないだろう。でもノアがまだ屋上の鍵を持っていてくれてたら良いなあ。いつかノアの手で鍵がまた外されることを夢見ているよ。鍵が外されて、誰かが屋上に出られることをずっと夢見てる。

―――
リクエストは『クロセカ親世代で、ルキウスとイリアを見てノアが葛藤や焦りを覚える』でした。
一言言わせてくれ。すみませんでした(土下座)

三角関係うひょー!と思って書いたのに、おっかしいなあルキウスしか出てこない(^q^)
ルキウスの想像の外でノアは色んなこと考えて行動していたんだよ感を出したかった乙。

2011/03/14 01:24

リク/折原家

(来神)

まだ黒いランドセルを背負っていた頃に突然それはやってきた。大好きな人間が生まれてくる過程というやつをどんな小学校の教科書よりも詳しく具体的にリアルで教えてくれた小さな教師は、単数ではなく複数だった。「まいるが下で、くるりが上に居るから、まいるがお姉さんだね」母は自分のお腹を愛しそうに撫でながら、俺に言った。下にいる『まいる』がどうして『くるり』に潰されないのかがその頃の俺の一番の疑問だった。二番目の疑問は、良くわからない名前の由来だった気がする。まいるが姉だと言われたが、実際出産は母の体に負担が大きいという理由で普通に産まずお腹を切って二人を取りだし、先に取り出されたくるりが姉になった。そのあと一分経たないでまいるも取り出されたので、あの二人にはあまり姉妹の区別は関係無いように思える。幼かった俺は間近で命が誕生したということに特に感銘を受けることはなく、下に妹が一度に二人出来たことも何処か他人事のように思っていた。でも実際生まれると当然のように自分の生活に関わってくる。不思議なものだった。

「双子ってさ、ケーキは一つ買うの?二つなの?」

授業が終わり休み時間になると、新羅が後ろから俺をつついて尋ねてきた。今日が俺の妹の誕生日だということを彼は知っている。中学の頃家に新羅を連れてきたとき、二人が自分たちがもうすぐ誕生日だということを彼に全力でアピールしたからだ。「へぇ、おめでとう」と新羅が相槌を打った後、「あれ臨也の誕生日ていつだっけ?」ととってつけたように尋ねられた記憶がある。その時にはすでに5月4日は過ぎていた。というか仮にも俺と新羅は友達なのに本人より先にその妹の誕生日を知るって何事だよ。

「そういえば覚えてないな」

「毎年あるのに」

「今まで両親が祝ってたからね」

俺は祝われている二人の横で静かに夕食を食べてたり、もしくは部屋から出なかったりでまともに彼女たちの誕生日を祝った記憶がない。誕生日プレゼントなんて渡したこともなかった。ああでもそうか、今年は両親が海外に行ってて家には居ないんだ。
新羅に尋ねられてようやくその事実に気付いた。流石に家族の誰も誕生日を祝わないのは寂しい、と思う。俺は別に祝われなかったけど二人はまだ小学生だし、自分の歳がひとつ増えることに幸福を抱いている年齢だ。そんなことを思っていたら下校のあと自然と足はケーキ屋に向かっていて、そこでばったりと偶然に遭遇してしまったシズちゃんを甘党だとかでからかったら池袋中を追い回されてしまった。ていうかシズちゃんはどんな顔してあの店でケーキ買うんだよ。


夕食時を過ぎた頃にようやく帰ってきた俺を待っていたのは、小さいケーキを二つ交互に食べている双子の姿だった。

「…ケーキ買ってたんだ」

自分が手持ちの白い箱を背に隠して尋ねると、マイルは不思議そうに首を傾げた。

「だって今日誕生日だからさ、クル姉とお互いにケーキ買って食べあいっこしようって決めてたんだよ」

「…双…得…(おかげで違う種類のケーキ食べられたよ)」

うわあなんでクリスマスのカップルみたいなことしてるんだろうこの双子。とは思っても口にはしない。小さなケーキの上に『クル姉』『マイル』と書かれていた。それで俺は思い出した。こいつらの誕生日は二つケーキを買ってたんだ。俺は一つの大きいケーキに二人の名前を書いてたと思い込んでいた。

「…無駄になったかな」

テーブルの上にワンホールのショートケーキが入った箱を置く。それを見たクルリとマイルは互いに顔を見合わせて、同じように目を丸くした。

「イザ兄!それケーキ!?ケーキなの!?絶っっっ対スルーされると思ってた!」

「…驚…(毎年私たちの誕生日は部屋にひっこむのに)」

「…そうかよ」

そんなにこいつらにとって俺は薄情な兄なのだろうか。まあ否定は仕切れないので突っ込むのは止めておいた。
ケーキの上には8本のロウソクと、くるり、まいるとはみ出さんばかりに書かれた大きな文字。相変わらずその意味不明な名前の由来の疑問は解けないけれど、まあ生まれてきたことに感謝はしているよ。


―――
ちょっと長くなりました。リクの『折原家』です。四木臨と2択だったのですが、折原家も書きたいな―と思い至ったのでこちらも。
お兄さんらしくない臨也だけど、然り気無いとこで妹に気を遣ってたらハゲ散らかります。


2011/03/07 22:18
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