(盗賊)

彼の友人の名前を話題に出すと、ほんの少しだけ彼を纏う空気が和らぐのを娼婦は知っていた。先天的に受け継いだ女性の本能と、生きていくために身に付けた業はこんな些細なことで余すところ無く発揮される。彼女たちのような生き物は男性の心を読むことにとても長けていた。
少し憂が目立つように思えたので、さてどんな話題を提供しようかと思考をめぐらしたところでローランサンという人間に一番近い友人の話がその曇った気分を吹き飛ばすのに一番最適だと彼女は思い出す。

「最近良く此処に飲みに来るの」

「あいつが?」

「そう。そして貴方の話をして帰っていくわ」

ローランサンも彼の友人であるイヴェールも、基本口にする内容は同じだった。最近の出来事をすらすらと語る。自分たちが送る日常を傍観してくれる、または聞き入ってくれる人間が欲しいとでも言うように、彼らは殆ど同じ内容を話す。そして彼らの日常には必ず互いが影響しているのだから、自然と友人の名前が出てくる。その名前を相手が口にする前にこちらが先手を取ると、理解してくれていると喜んだ。聞き手の条件が目の前の娼婦にあると認識して機嫌が少なからずよくなるのだ。そしてこれは彼らに限ったことではない、どの客も大体そんなものだった。ただ一つ違いがあるとすれば、娼婦自身聞き手でありたいと心から思わせられる点。イヴェールとローランサンの関係はどんなものなのだろうと聴いた話だけで分析することが日常になり、楽しみにもなっていた。嬉々として相方を語る笑顔を見れば、聡い娼婦でなくとも彼らが切っても切れない絆で結ばれていることは分かるだろう。

「仲が良いのね」

そう他人から言われることがどんなに心地よいか彼女は知っている。そうでもねえよ、と言いながら口元を綻ばせている青年の横顔を、彼女は愛しいものを見るように眺めた。彼の友人に同じ言葉を紡いだらきっと同じように柔く否定するのだろうけど、それさえ仲が良い証に見える。無意識に惚気られているのかしら、と娼婦は口にせず笑った。彼がこのまま帰らずに自分に日常の話をしてくれる為にはどんなことを話せば良いだろう。ローランサンとの会話を辛い日常の中の安らぎと感じている彼女は彼の友人の話題を思い巡らせた。その話題なら彼を引き止められると思ったのだ。

「そういえば、今日彼の誕生日ね。いくつになったの?」

「は?」

こんな遅い時間に酒場に来るということは、おそらく祝い事は済ませてしまったのだろう。そう見越して紡いだ娼婦の言葉にローランサンは見事に固まった。その彼の態度に彼女の方が目を丸くする。仲が良いと思っていたから誕生日の話題を振ったのに、まさかそんなことあるのだろうか。街の隅にある酒場の娼婦さえもが知っているイヴェールのことを、友人であるローランサンが知らないなんて。

「あいつ誕生日だったのか…!」

そんなまさかだった。



―――
(結局似たもの同志だよねって話)


気紛れに夜道を散歩していたイヴェールが、酒場で見知った娼婦と話し込んでいるローランサンを見つけて、「よう」と声を掛けた。互いにこの時間帯はブラブラと一人で過ごすことが多いのに、偶然とはいえ外でも顔を合わせてしまった。気分が元々良かったのも手伝って明るめに声を掛けたのだが、顔を上げたローランサンはこの世の終わりを見たような顔をしていた。驚いて知り合いの娼婦を見やれば、こちらも焦っているような困っているような表情をしていて、ローランサンを見たりイヴェールを見たりと視線が忙しない。その理解できない沈黙の中でローランサンが口を開いた。

「…お前、今日誕生日だったんだな…」

「あ」

言われて気付いた。時計を見ると一時を過ぎていて彼の言葉が過去形である意味を理解する。その誕生日を娼婦には気紛れに話して相方には一切言ってなかった事実にまた気付く。女である彼女は人の誕生日やらが気になるらしく、話すごとにその話題が上がっていたのだが、ローランサンからは聞かれたことが無いので言うのを忘れていた。それも数年間。
顔を俯かせて上げようとしない彼は自分が知らなかったことに対して自己嫌悪しているというより、教えてくれなかったイヴェールの方に絶望を抱いているようだった。

「…そんなこと言ったって、俺もローランサンの誕生日教えてもらってないぞ」

「1月1日だよ。誕生日知らないから年明けて歳いっこ増やしてんの」

「言っとけよそんくらい」

「人のこと言えるかよ。24ってもうオッサンに片足突っ込んでるからな。もしかしてイヴェールの脳ミソも記憶力低下して言うの忘れてたんじゃねーの」

「えっ」

「え?」

イヴェールとローランサンは同時に首を傾げる。

「俺今日で23ですけど」

「え、そうなの?24だと思ってた」

「俺はローランサンが22だって知ってるのに?」

「21だよ」

「えっ…?」

「え?」

驚愕の事実だった。二人とも同時に口をぽかんと開いて数年間の思い込みを整理しようと努めるが、悶々としたような遣る瀬ない沈黙が間に流れ、二人は互いに目を遣り何か言いたげに訴えていた。イヴェールの言い逃れはあらぬ方向に流れていく。彼らの互いに対する文句を一字一句間違えずに口に出来るほど状況を理解している賢明な娼婦は賢明であるが故に口を開くことをせず、間抜けな二人の世界を一歩後ろで眺めて、割り切ったお付き合いなのねと内心でひとりごちて呆れた。


―――
Roman発売記念日祝いです。イヴェールの誕生日も11月22日だといい。だけど相方さえも知らなければいい。
ロラサンは年明けていっこ増やすので、一つ違いである期間のが長いです。というどうでもいい設定。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -