今更ながらに、どうして俺たちが天秤を育てなくてはならないんだとローランサンが首を傾げて答えを求めるべく陛下の自室のドアを蹴り上げた。ちなみに蹴ったのは怒りからくる衝動ではなく、彼女は手よりも足が使いやすいらしい。普段の無表情の顔で仕事を邪魔するローランサンに、陛下は唖然として手にしていた羽ペンをテーブルに落とした。

「君ら、子供居ないだろ」

陛下は至極当然のことを口にした。ローランサンは頷く。しかし、その後に「だから」と理由付けされることが彼女には微塵も理解出来なかった。子供は居ない。だから天秤を育てる。そんなことが立派な理由になるのなら、その辺に居る若者に預ければ良いのだ。陛下自ら直々に育てて何の問題がある。仕事を言い訳に出来るというならローランサンにだって生きていくために仕事に明け暮れていた。
そう反論すれば、今度は陛下が首を傾げる。だって子供欲しいんじゃないの?と尋ねてきて、そんなこと口にもしたこともないローランサンは眉をしかめる。二人の会話は全く会話になっていなかった。

「夫婦なんだから子供が居たって良いじゃない」

今度こそ疑問を口にした。

「夫婦って何?」

「…え」

夫婦の言葉の意味を問い掛けたのではなく、何故その単語が自分に向けて発せられたのかローランサンには分からなかった。陛下は彼女がはいってきたときと同じように口をあんぐり開けて、信じられないものを見るような目で彼女を見上げる。数十秒の沈黙。完全に仕事を放棄して彼は彼女に掴み掛かった。

「君ら結婚してないの!?」

「………どうしてそうなった」

「え、うそ、え!?だって君イヴェールといつも一緒に居るじゃない!?良いパートナーとか言ってるから既に結婚済みなのだと…」

「結婚つか付き合った覚えもねーよ」

「あれで!!?」

あれ?と疑問を重ねる前に立ち上がった陛下にズルズルと引っ張られて、ローランサンは椅子に座らせられる。本格的な話に入る様子に、彼女はまったくついていけなかった。確かにイヴェールとは良く一緒に居るが、付き合っているというより仕事の相方みたいなものだった。あれと言われても恋人らしい素振りを陛下の前で見せた記憶は無い。と彼女は思っていたが、結婚しているという前提で盗賊二人を見ていた陛下にとっては些細な戯れも『恋人らしい素振り』だった。実はそうではないという事実に打ちのめされた彼は、天秤を預ける理由など完全に頭の中から打ち消し、ローランサンとイヴェールの恋愛事情について本腰を入れる。

「なら今からでも遅くない。結婚しなさい」


意味が分からない。


ローランサンは心の中で失笑した。しかし陛下の目はどこまでも本気である。

「……なんで」

「『生まれていない』天秤には母親が必要なのは理解できるかな。子供というのは両親の不仲にはとても敏感で、親のストレスはすぐに子供に伝染する」

「そこまでイヴェールと不仲じゃないと思うんだけど」

「夫婦という繋がりが両親にない事実が天秤イヴェ君のストレスになるんです」

分かんないかなあ、と大袈裟に肩を竦ませる陛下に若干苛立ったがスルーする。反論出来そうもない雰囲気だった。サングラス越しの茶色い瞳が「四の五の言うな」と語っている。ローランサンにとっては荒唐無稽なことを言われているとしか思えなかったが、夫婦になれといわれて仕方なくその相手を改めて思い出してみた。イヴェールという男を今までそういう目で見たことが無かったのだ。しばらくしてふむ、と彼女が頷く。ようやくわかってくれたのかと陛下が微笑んだ瞬間、彼女の一言でその微笑みはフリーズした。

「無いわ」

鳥肌立った、と無表情のまま苦笑いするローランサンに陛下は笑顔のまま青筋を立てた。


―――


どうしてこうなった。

腹に感じる重みと、顔を潰さんとのしかかる2つの山にイヴェールは混乱していた。ローランサンに抱き締められている。幼子をサンドイッチするように。
うううと呻きながらも万更ではないのかローランサンの背中を撫でる天秤と、その天秤を抱き抱えたままローランサンの腕に抱き締められて呆然とするイヴェールという、傍から見れば滑稽以外のなにものでもない光景が城内の廊下で繰り広げられていた。公開処刑も良いところである。イヴェールと天秤が座り込んでいるのでローランサンが覆いかぶさっているようにしか見えないのだが、顔にある2つ山はどう見ても女性平均より大きめのアレであり、誰が見ても男の楽園だった。ああ思っていた以上に柔らかいもんだなと、イヴェールは混乱した頭の中で冷静に童貞丸出しの感想を持って、そんな自分に自己嫌悪して死にたくなった。ローランサンは真っ赤な顔で何もしゃべらず、気まずい空気が天秤を避けて流れる。

「………何がしたいの」

沈黙に耐えられなくてイヴェールが口を開いた。この気まずさも立派な拷問だ。今の彼には気まずさを逸らすための逃げ場はない。

「陛下がさぁ、結婚しろって」

「はあ?誰が?誰と?」

「俺がお前と」

「そんな投げ遣りなプロポーズ初めて聞いたんですけど」

多分生まれたときから結婚相手が決まっている貴族でもそんなプロポーズを受けたりはしないだろう。は?プロポーズ?何それ食えんの?とでも言いだしそうなローランサンに抱き締められながら、イヴェールは瞬時に混乱した頭をフル回転させた。しかしどんなに考えてもローランサンと俺が結婚、爆笑。しか結論が出ない。何の冗談だ。今日はエイプリルフールか?ハロウィンも嘘をついていいのか?お菓子をくれなかったら嘘をつくのか?

「…だからさ、結婚しねぇ?」

イヴェールには陛下が彼女に何を吹き込んだのか分からなかったが、ちらりと顔を動かし彼女の表情を伺って確信した。

「お前がそれで良いのか」

「微妙」

清々しいほど即答だった。イヴェールも同意見だ。

「じゃあまだ家族ごっこで良いんじゃないか」

そう言ってローランサンの腰に腕を回すと彼女はふにゃりと笑って、そうだなそれがいいと頷く。不覚にも可愛いとは思ったけどそれは一瞬で、イヴェールは自分の提案に納得して満足した。天秤は二人の会話を半分も理解せず、しかし幸せそうに二人の間に挟まれている、偽りの両親の仲が良いことが嬉しくて仕方ないとでも言うように。問題がすっきり解決して三人仲良く抱き締め合い、そのサンドイッチ公開処刑を扉越しにうかがっていた陛下はあれは恋人らしい素振りではないのかと数分前の疑問をぶり返して悶絶した。


―――
ごめんふざけた。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -