九月下旬から十月中旬までは、カフェの人々の話題は葡萄酒の作柄の出来で溢れ返る。このフランスという国を語るのなら、まず葡萄酒から始まるだろう。人々の関心も、新聞のトピックも鷲掴みにしてしまう葡萄酒の魅力は万国共通。普遍的なものだ。今年は雨が続かなかったから豊作だ、十一月下旬が待ち遠しいと、自分のお気に入りの銘柄をケースで買い込む目算を立てる。個人で買い込むのに金を費やせるほど経済的に余裕があるわけではないが、俺もローランサンもかなりのワイン通だ。この季節は、摘み取り祝祭のあとにつぶされる葡萄に思いを馳せて顔が緩む。
ワインの次ぐ話題といえば、ハンターに狩られたジビエという狩猟鳥獣の肉だろうか。肉屋に並ぶウサギが、肉を滅多に食べることが出来ない俺たちを食欲で彩ってしまう。食欲の秋。まさにその通りだ。まあそんなわけで俺は久々に上機嫌で鼻歌なんぞ歌いながらウサギの手足の先の毛皮を剥いでいた。今日は肉の日だから、奮発してワインも買ってきた。今年のものが出るには少し時期が早いので、長年カーヴに入っていたものしか手に入らないけれど。
そう、俺はとても機嫌が良かった。良かったのだ。ローランサンが調理場に顔を出すまでは。

「イヴェール―」

がちゃりと背後から音がして、ああローランサンが入ってきたのだと認識した俺は振り向かずに曖昧に返事をした。ローランサンはテーブルに置かれたワインと、俺の手元のウサギに目をやって「豪勢だな!」と声の調子を高くした。嬉しいのだろう。気分が高揚しているのが見なくても良く分かる。

「なあなあイヴェール」

ああ、と相槌を打つ。その時ちらりと視界に茶色いスカートが目に入った。昼間では男装だったのに、なんの気紛れか今は女の格好をしているらしい。くるくると服装を変えるなんてめずらしいなと思い、呼ばれたこともあったから作業を中断して背後を振り返り、そして全力で振り返ったことを後悔した。というか絶句した。ローランサンは腹の下に手を当てて、首を可愛らしく傾げる。

「妊娠しちゃった」

いやいやいやいや。子供はそんなたんごぶが出来ましたのようなノリで出来ちゃうものじゃないから。大体処女だろお前。と思い切り内心でツッコミを入れたが、彼女のお腹は両手で抱えないと零れ落ちてしまうほど大きく膨らんでいた。いやいやいやいや。
直後、見計らったようにひょっこりとローランサンの服の胸元から小さな銀髪が顔を出した。びっくりして後退してしまう。無邪気に笑う彼女の小判鮫は天秤だった。ローランサンとローランサンの体から生え出た子供が同時にこちらを見つめてくる。どういう反応をこちらに期待しているのか全く分からない。え、なにこの複雑な気持ち。なんで天秤が子猫みたいな扱いを受けているのかまずそこから問いただしたい。

「うまれちゃいました―!」

「ばぶー」

そしてずるりと彼女の体を通ってスカートの下から脱出する天秤に、俺は全身全霊で作った生暖かい笑顔を向け、全力投球でローランサンを殴りたい気持ちを押し殺した。女を殴る趣味はない、と思いたい。ばぶーと生まれちゃったらしい天秤はハイハイしながら俺の足にしがみ付き、ローランサンは「天秤のえっち!」と今更すぎる感想を述べていた。いやお前が天秤にやらせたんだろうが。つかコメントできねぇ。

「生まれて血塗れなのでお父さんお風呂入れてあげてください」

つまりそういうことらしい。最初から口で言いなさいこの単細胞どもが。
作業員の方が風呂がわいたと報告してくださってからもう30分経っているのかと遠い目で俺は思った。
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