(♀サンとイヴェールと子天秤)

カーテンの隙間から光が漏れて、顔に直撃する。あー朝か―なんて沈没した意識下で認識して、隣のベッドへ手を伸ばした。するりと手がシーツを滑る。当然のように隣には居なかった。そんなことは慣れっこですとも、と思いながらも、彼女が居ないと知って俺は自分が抱えている小さいぬいぐるみの頭に顔を埋めた。抱き締める腕の力を、幼子の負担にならない程度に強くする。その所為で起きてしまったぬいぐるみは、んん、と鼻から抜けるような声を出した。ぐずっているというより擽ったいのだろう。

「…母さん、また朝帰りらしいよ。子供居るのに元気だね―」

「ねー…」

朝の挨拶代わりに冗談混じりに笑いかけると、寝ぼけた間抜け声が帰ってくる。俺の言葉の意味なんて三割もわかっていないだろう。さっきの言葉になってない呻きは、眠い。でもお父さんが起きたのなら起きようかな。という意思表示かな。
夜は母親が居なくて寂しがっていたが、俺が抱き締める形で寝てやろうと提案するとすぐに泣き止み、笑顔さえ見せた。母親の力に勝てたことは嬉しいと素直に思うけど、やっぱり子供って現金だなあ。
そんなことを考えながら、家事もあるしベッドから起き上がる。続いて天秤もベッドにちょこんと座った。口が閉じてないぼうっとした顔で見上げられると和む。彼の朝御飯とお着替え、どっちを先にすればいいだろう。


「ただいま―!」


と、そこに、朝帰りの子持ちインラン彼女が帰宅してきた。朝早くからの爽やかな笑顔に全力で脱力する。というか苛立った。彼女は俺が投げたおたまを軽々と裂け、天秤の頬にキスをする。俺はすこんと壁に激突したおたまを拾いに行く途中で、天秤と共にベッドに転がっている彼女に溜息をついた。本当朝から騒がしい女だ。

「おい天秤に触るな、お前香水まみれだろうが」

「あれ?ばれた?」

「お前が朝帰りったらそれしかないだろう。なんで女が男装してまで娼館に行くんだよ。何がしたいんだよ。逆に売り物と勘違いされるぞ」

「良いじゃねーか金掛かってないんだし。友人の娼婦と喋ってたらいつのまにか日が明けていました」

「寝かせてやれ」

どうも彼女はそっち方面に友人がたくさん居るらしい。娼館から朝帰りってどう考えても色っぽい理由だろうと誰もが思うのだが、彼女はれっきとした女であり、ちなみに処女だし、男にも女にも一切興味が無い。多分。世間話をしに行くテンションで娼館に通うのだから、俺は頭を抱えるしかない。そのうち客に売り物と勘違いされても自業自得だと鼻で笑ってやろう。

「サン、いいにおい」

そんな俺の思考回路を読める筈もない幼子は、母親の胸に顔を埋めて、すんと鼻を鳴らした。俺でさえやったことないのに違和感ないなーとその光景を半目で見送ってしまった。
天秤はローランサンの男装を見慣れているからあまりそこに疑問を抱かない。というかまだ男女の区別が付いてないだけだろうけど。女装してようと男装であろうとローランサンはローランサンだ。と認識している。俺から見ても彼女の男装はあまり違和感がない。青年というより少年の域を脱してない印象を強く相手に与えてしまうが、それでも男に見えないことはない。わざわざ男装してまで行きたいなんて、娼館はこの女にとってどんな存在なんだろう。同じ世代の同じ女性が体を売っている場所だというのに、全く気にしてないように見える。割り切っているというべきだろうか。
天秤は相変わらず子犬のように鼻を鳴らして、ローランサンの潰されて無い胸を楽しそうに叩いている。彼女が色んな娼婦に接した所為で混ざった香水の匂いに好意を抱きながら。これが母親の匂いだと認識して安心しているのだとしても、純粋にこの子は大きくなったら相当なたらしになると思うのは俺だけですか。

「さーん、おかえり、おはよっ」

今日はじめて朝の挨拶を告げた天秤は、抱きつく勢いでローランサンにのめり込む。おかげで彼女は天秤に押し倒されるようにベッドに沈み、ぽかんとした顔で子供を見つめていた。天秤もぽかんとした顔で、すぐにふにゃりと笑顔を作ってローランサンの唇に自分のそれを当てた。一番ぽかんとしたのはその現場を生暖かい目で一部始終見送ってしまった俺だった。

「…わ、ファーストキス奪われちゃった」

うわああと全力で苦々しい顔をする俺に気付いているのか気付いていないのか、ローランサンは呆然とした表情で花を愛でる思春期の少女よろしく顔を赤く染める。天秤は楽しそうに彼女の上で笑っていた。
ファーストキスが初恋じゃなくて彼氏じゃなくて結婚相手じゃなくて、自分の子供ってどうなったらそうなるんだと、俺は無駄と分かりつつ一人頭を悩ませた。


―――
カップルにもなっていない盗賊夫婦と、暴走息子の話。当然だけど血はつながってません。
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