(サンイヴェ♀/後天性)



動き一つ一つも何処か緩やかだった。小さな手のひらも、大きな瞳も、妖艶な唇も、きっと何もかも前とは違う生きものなのだ。ただひとつ、美しいという形容詞がどんな姿になってもしつこくくっついているということは知っている。でも引っ繰り返せば他は何も知らなかった。
黄金のプロポーション。首も手首も細っこいし、抱き締めがいのあるくびれもあった。胸が小さいのが何だか不服だったけど、彼女の控えめな容姿にはそっちの方が合っている気がする。俺は好奇心に負けて、その柔らかい体に触れる。彼女はどこまでも柔らかかった。女だから当たり前だけれど、俺はイヴェールという人間は男しか知らない。女のイヴェールのことを何一つ知らない。ひとつ分かったのは彼と彼女の肌は全く違うということ。

「イヴェールの体って柔らかいな」

「…そろそろ金取るぞ」

「いつ戻るか分からないんだしケチ言うなよ。減るもんじゃねーだろ?」

いや減る、確実に何か減る。とぶつぶつ呟くイヴェールを無視して胸を撫でるように揉む。性的興奮は俺にとっても彼女にとってもそんなに無い。それでもこの行為に惹かれるのは俺が男だからだろうなあ、と下らないことを考えた。俺は男。彼女も中身は男。だから互いの間に色気の雰囲気は皆無、女ではない彼女はそれを愛でる気がさらさらない。そういう欲求の下の行為ではない。それでも頬を赤く染める彼女が可愛らしくて抱き締めたくなるのは、これはもう男の欲求としか言いようがないのだろう。彼女は実際可愛かった。これが男だなんて、初対面の人間に紹介しても全く信じてもらえないと断言できる。

「お前が女だったら、恋人でも良いかな」

「俺から願い下げだな」

「お前、惚れてくれねぇの?」

「どうだろう。ローランサンだしなあ…」

女になった自分を想像して考え込むイヴェールに何だか燃えた。男として会ったからこういう関係だろうけど、片方が女だったら何かが違ったかもしれない。まあ、これは非現実的な仮定の話であり、どちらかが女だったら二人は出会えなかったと断定しても良い。俺たちはそういう世界で生きている。だからこそ俺はイヴェールの女の姿に魅入るのだ。夢を見るのは現実の境界線を越えたいと願うからだろう?男のイヴェールはすぐ目の前にいる俺の相方であり、同じ現実を生きている。しかし女のイヴェールはただの幻想で、触れたら壊れてきっと溶けてしまう。不思議なものだ。確かに彼女は動いていて、息をしていて、真っ直ぐ俺を見つめているのに。

「…イヴェール、俺のこと好き?」

「………は?」

突拍子もない言葉を紡いでみる。言ってみて、しまったと思った。体を重ねる時でも愛の言葉を交わしたことなんて一度たりともなかったのに。イヴェールの動揺が目に見えて分かった。俺を映していたオッドアイが恥ずかしげに下を向いている。それでも相変わらず俺は体を触り続けているから、若干鋭くなった目付きが俺の手を睨んだ。嫌がり始めたので手を離す。無理強いする気はさらさらない。代わりに、くいと彼女の顎を軽く持ち上げて、イヴェールの唇に触れるだけのキスをした。

「俺さ、女のイヴェール好きだよ」

「………どういう意味だ」

「そのままの意味」

だって、お前はすぐに消えてしまうだろう?跡形もなくその行方を眩ましイヴェールという男に戻るのだろう? 確実に存在しないからこそ美しいというものはある。故に彼女は美しい。お前は何処から来たんだ?答えのない問い掛けをして彼女の存在を確かめる。
いないはずの女は、イヴェールの名を名乗れはしない。可哀想で愛しくて可愛くて儚い花。イヴェールにぴったりと寄り添う影のような花。だから俺はお前のことが好きだよ。そんなことをしつこく言ったら男のお前が拗ねるだろうけど。

「なあ、もう一度キスしよ?」

多分これから消える彼女をめいいっぱい愛すのが、男の俺の役割だと思うんだよ、イヴェール。

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