(出会って間もない盗賊組)

ローランサンは腹を立てていた。この国では珍しい白い髪を逆立て、肩は小刻みに震えている。気休めに飲みだした酒の量もいつの間にか増えていた。そろそろ止めておきなさい、と忠告したのはもう二時間前か。女将は時計を見上げて溜息をついた。一体何時間酒場に入り浸るつもりなのだか。男の愚痴を聞いてやることほどつまらないものはないが、それが感情をあまり表に出そうとしないローランサンだからか最初は女将も食い付いていた。しかしこんなに長く陰険な空気を放っていられるとさすがに帰れと吐き捨てたくなる。そう思ってはいるが、やはり目をいつも以上に吊り上げて眉間に皺を寄せっぱなしのローランサンは珍しいと言えば珍しい。普段なら彼は女将と他愛ない話をすることも無いのである。

(変わったわねぇ…)

という感想は、ローランサンと会話してから何度も思ったことだ。酒の量も会話の量も普段の倍以上なのだから彼女がそう思うのも不思議ではなかった。不機嫌な彼の口から紡がれるのは「銀髪の野郎」のことばかり。彼の相方のことである。

「あっちから組もうと言ってきたくせに、いざ組んだら一言目には文句しか言わねぇ。戦闘には使えねぇくせに偉そうなんだよ。文字読めなかったら斬り殺すところだ」

「…不満が溜まってるなら本人に言いなさいよ。酒場でストレス発散されてもねぇ…」

「あのお貴族みたいな面見るだけで吐き気すんだよ!…それに何言っても通じねぇし」

「ああ、口では向こうの方が一枚上手なのね」

納得したように頷くと、鋭い目付きで睨まれた。その隙に改めて見たローランサンの頬は林檎のように赤い。間違いなく酒の所為である。同じ会話を先ほどから何回も繰り返しているのも酒が入っているからだろう。女将はボトルに伸ばされる手を遠慮なく叩き落とすと、まだ十分残っているそれを取り上げた。

「…それはもう俺が買ったから俺の酒だ」

「愚痴代として頂くわよ。それにもう止めときなさいな。無理してるけどあんたは酒に弱いんだから、イヴェと違って」

「………あいつの名を出すな」

「あいつって…サンの相方なんでしょ?一度で良いから名前で呼んであげたら?」

「余計なお世話、だっ」

女将の隙をついてカウンターに乗り出しボトルに手を伸ばすローランサンだが、彼女の方が上手だった。第一酔った相手にまんまと奪われるほど彼女も間抜けではない。ボトルを背中に回し、空いた手で思い切りローランサンの頭を掴んでカウンターに潰した。そこに手加減は一切見当たらない。女と言えども加減の無い攻撃は衝撃が強い。ローランサンの目の前でちかちかと火花が散った。

「…っっってぇ!!」

「女だからってナメんじゃないわよ」

背中に回したボトルをグラスに注ぎながら女将は吐き捨てる。ローランサンのような男を相手するのは彼女にとっては手慣れたものらしい。カウンターから顔を上げたローランサンに睨まれるが、酔った人間の目付きに迫力はない。相当飲んだのだろう、気付いたら吊り上がっていると思っていた目元がとろんと落ちそうになっていた。活気盛んな若者も眠気には勝てないらしい。馬鹿ねぇ、と女将は呟いた。こんなところで意地張ってないで、謝って宿屋に入れてもらえば良いのに。未だに唸っているローランサンの機嫌が直るように頭を優しく撫でて、女将は微笑んだ。

「…ねぇ、サン。あんた勘違いしてるようだけど、イヴェは優しい子よ」

指に白髪を絡めていると、顔を上げたローランサンに阻止された。おとなしくなったが、こちらを見つめる彼の表情はまだ不貞腐れている。そんなことは有り得ないと言いたげな銀の瞳に溜息をついた。実はローランサンよりも、女将の方がイヴェールと付き合いは長い。だからか彼よりはイヴェールのことを良く知っているつもりだった。

「そりゃちょっと乱暴者で捻くれてるけど、あんたもそれは変わらないじゃない」

「…一緒にすんな」

「今頃寒空の下放り出した相方を心配して捜し回ってるわよ」

「どーだか」

カウンターに手を付けてローランサンは立ち上がると、ばらばらと金をその上に落とした。気が済んだのかもう帰るらしい。彼が此処に立ち寄ったのは、イヴェールに追い出されて行く宛てが無いからだと言っていた。女将が何も言わなかったら朝まで飲んでいるつもりだったのだろう。しかし帰るということは、イヴェールに頭を下げる決心がついたからに違いない。どんな下らないことで喧嘩したのか詳しく聞きたかったが、それだけはローランサンは教えてくれなかった。ただイヴェールへの文句を並べていただけだ。軽く挨拶して酒場に背を向ける彼を見送りながら、変わったわねと女将は最後に心の中で繰り返した。

(無口で無表情な子だと思ってたのに、意外と感情が素直だわねぇ)

という呟きは勿論ローランサンに届くことはない。寒空の下ふらつきながら歩く彼の姿を見て、宿屋には辿り付けそうに無いわねと他人事のように推測した。
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