一人の少年が教室の前をうろうろしていた。
忍装束の色を見る限り、3年生。
彼は富松だった。


「富松」
「あ、久々知…先輩」
「どうした?」
「あの、苗字先輩に用事が」
「名前?ちょっと待ってて」


困っているようだった富松に気づいて声をかけたのは久々知だった。
久々知は富松が苗字に用事があると分かると、自分の教室でもある い組を覗き込む。

「ん?どうした兵助」

彼に呼ばれたようで、苗字が教室から顔を出した。
苗字を見て富松が安心したようで強張らせていた顔を緩ませる。

「富松がお前に用事だと」
「作兵衛?」

名前を呼ばれ、用事を伝えなければと富松は苗字の方へ向かう。
駆け寄れば、おはようなんて呑気に挨拶をしてくれた。




「苗字先輩、今日の委員会なんですけど」
「おお」
「5年長屋の屋根の修理をするみたいなので、用具庫ではなくそっちに集合してくださいって、食満先輩が」


用事とは委員会についてだった。
朝、たまたま食堂で食満と会った富松は伝言を頼まれた。
1年生にはもう伝えたし、残るは苗字だけだったのだ。


「道具とかは?」
「それは食満先輩が午後暇らしいので、その時に運んでおく、と」
「…そか……分かった」
「じゃあ、俺はこれで」



これで肩の荷が一つ下りた。
背を向けて富松は自分の教室に戻ろうとした。


「作兵衛」



苗字に止められ振り向くと、微笑んでいる苗字と目が合った。


「ありがとな」


それに頬を染めて富松は、ただの伝言ですよ、と返して苗字を背にして戻っていった。




「あー、やっぱ可愛いなぁ…」
「それ言わなきゃカッコイイのに」
「無理。作兵衛可愛すぎるもん」



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