かつて名前が酒に溺れたところを見たことがあっただろうか。5年間同室だったけど、俺は見たことがなかった。
とんでもなく酒に強くて、酒盛りしたら必ず俺たちが先に潰れて、後始末は名前がしてくれた。多分6年生と酒盛り勝負したら良いとこいける。

ところがおい、これはなんだ。


「ほら兵助呑め!」
「苗字、呑みすぎじゃ…」
「大丈夫だって!俺が酒に負けるわけねえって!」


いや、負けているだろう。
酒瓶がそこらに転がっている。殆ど名前か、呑んでしまったのだ。

「何か嫌なことでもあったのか?」

三郎が聞く。すると名前は首を横に振った。じゃあ良いこと?と聞くとそれにも首を振った。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。嫌な予感しかしない俺は、勘右衛門と目を合わせてなるべく触れないようにしようと決めた。
お願い出来れば何も起こらないでいて。


「おい雷蔵、呑みすぎだ」
「良いんだよ、僕だってたまには呑みたいんだ」
「いやでも…」



雷蔵も珍しく呑んでいる。いつもはすぐ潰れちゃうと言ってあまり呑まないのだ。これは何かが起きる。これだけいつもとは違うことが起きているのに、何も無いというのはありえないだろう。
ああああ、逃げたい!



「何だよもう…」
「雷蔵?」

雷蔵がぶつぶつと何か言い出した。酔ったら愚痴を言う酔い方なんだな。
聞き取れないからよくわからないけど、雷蔵も人の子だから色々悩んでいることがわかった。
対して名前は酒を呑み続けている。そろそろ押し入れにたくさんあったものの底が尽きそうなんじゃないだろうか。
はっきりとした行動は出ていないが、確かに名前は酔っていた。



「滝夜叉丸でさえさ…なのに僕は…」



雷蔵の口から滝夜叉丸という名前が出た。さっきよりはっきり聞き取れる。ちょっと耳を傾けてみた。


「4年生とは仲良くならないって思ってたからさ、安心してたのにさ、
知らないうちに3年生と仲良くなっちゃうし、」
「雷蔵…?」

なんだ、これは。ただの愚痴とは少し違う。
三郎を見ると、雷蔵から目を離さずに一歩下がっていた。身体が強張っている。


「何でかな、何で僕じゃ駄目なのかな。僕が誰よりも愛してるっていうのに。あの富松とかより絶対僕の方が」

「兵助ー、酒無くなった」


名前!お前はどうしてそう空気が読めないんだ!
その声で雷蔵は名前に気付いたらしく、じっと見つめた。
名前は目を細めて睨み返す。



「ねえ苗字、愛しておくれよ」




「僕は君を愛しているんだ。ねえ、愛しておくれよ」




あ、駄目だ。
俺はどうして酒を呑まなかったんだろうと後悔した。酔い潰れてしまえば何も知らずに済んだのに。
雷蔵の言葉よりも、表情を無くした名前に驚いた。そして怖くなった。



「……何を言っているんだ」


その低い声に驚きながら俺は名前の掛矢を隠した。これだけは名前の手が届かないところに置かなければならないと思ったから。
名前は一度辺りを見渡して小さく舌打ちをしてから、雷蔵を見た。



「本当面倒くさい。あーあ、こないだ忠告したのにさ。まだ駄目?もっとやらなきゃ駄目?」
「名前やめろっ!」


勘右衛門が怒鳴るより少し早く、名前は雷蔵を蹴り飛ばした。雷蔵は壁に打ち付けられる。雷蔵は立ち上がると名前の胸倉を掴んで外へと投げ飛ばした。


なんだよこれ。
どうしてこんな、2人がやり合ってるんだ。
雷蔵が名前を好きなのは知ってた。名前が雷蔵に少し距離を置いているのも知ってた。
けれど今までそれでやってこれたのに。

呆然としていると、俺の横をハチが走っていく。それでようやくあの2人がいないことに気が付いた。
追いかけなければ。
ハチのあとを俺は走って追った。






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