「ごめんね、寝る前に」 「いや、平気」 苗字は酔い潰れてたときの記憶は無いらしい。自分が何をしたのか全然分かってない。 そのほうが僕にとっては嬉しい。あれを苗字にとって無かったことにできるのだから。 「…」 「あのね、苗字」 「僕、苗字が好き」 苗字は少し目を細めた。答えは分かってたから気は楽だった。苗字は少し気まずそうに表情を歪ませて、口を開いた。 「ごめん」 はっきりそう言って、それから何か言おうとしていたけどそれは止めさせた。口に出すことが辛いこともある。 苗字は僕のことが苦手なんだろう? 罰が悪そうな顔をしている苗字に僕は精一杯笑いかけた。 「時間くれてありがとう。富松、待ってるんじゃないかな。早く行ってあげて?」 「あ、ああ…」 僕に背を向けて歩き出す。うん、これで良かったんだ。ごちゃごちゃした関係がすっきりしたし。あ、でもこれからも苗字に話しかけて良いんだろうか。聞くの忘れちゃった。僕も部屋に戻らなきゃ、三郎が心配する。そう思い歩き出したら、前を歩いていた苗字が振り返った。え? 「不破」 「な、なに?」 「俺、お前のこと苦手だけどさ。友達でいるのは嫌じゃないから」 じゃあ、おやすみ。 苗字は走って行く。僕は突然のことでなにがあったか分からずに呆然と立っていた。ええと、苗字は何て言った? 僕と友達でいるのは嫌じゃない? じゃあ、じゃあこれからも友達でいてくれるってこと? 「おかえり…って、どうした雷蔵」 「…苗字が僕と友達でいるのは嫌じゃないって」 「………良かったじゃないか。嫌われてないってことだろう」 僕はこれで十分です。苗字と恋仲になれなくても良いです。離れることがないのなら。 ありがとう、苗字。 → |