「はい、お疲れさん」 よいしょ、と苗字先輩は掛矢を地に置いた。 あっという間に! 人が見ている前で! 私はあっさりと負けてしまったのだ! いったいなんだったんだ。 あの並外れた大きさの掛矢から繰り出されるものは全て囮で 彼の攻撃は掛矢によるオーバーアクションで遮られ、捕らえることはできなかった! 「戦輪裁き、凄くて避けるの大変だった」 「そりゃ、そんな大きな掛矢を抱えていれば」 「あー…そっか」 悔しい! 苗字先輩は自分が勝ったと驕らない。 だから余計に悔しい! 私に勝ったと、堂々と言ってくれれば私も堂々とこの悔しさをぶつけられるのに! 「平ー」 「…滝夜叉丸で構いませんよ」 「いや、平が良い。響きが気に入った」 「そうですか」 この人はよくわからない。 私は苗字で呼ばれるのには慣れていないが大丈夫だろうか。 そんな心配している私を気にせずに先輩はあくびなんかしている。 「平、だな。うん、頑張って覚えるよ」 「…先輩は、人の顔と名前を一致させるのが苦手なんですか?」 「いや、興味無い人間はとことん興味無いだけ」 「……じゃあ、私のことは興味無かったんですね」 「あ、すまん」 「いえ…」 じゃ、俺は帰るわって先輩は掛矢を持ち上げる。 礼を言って、次の約束を取り付けた。 次は買ってやる、と意気込んでいると、少し先まで歩いていた苗字先輩は振り返った。 何だ、と顔を上げると先輩は笑って言った。 「4年生の美しいのは、平だな。そう覚えておくよ」 美しい人 (ふ、不意打ちだ!) 2009.12.14 |