「おかえり」 真っ先に部屋ではなく井戸へ向かった俺を待っていたのは、勘右衛門だった。 ひょい、と俺が背負っていた掛矢を取って眉間にシワを寄せた。 「何人?」 「2人」 掛矢を包んでいた風呂敷を取ると、色が違う、と勘右衛門は呟いた。 当たり前だ。1人目と2人目の間に1日時間が経っているのだから。 「…いつだったか、富松が竹谷のところに来たよ」 「作兵衛が?」 「名前と不破に何があったか聞きに来たらしい」 嘘だろ、と勘右衛門を見たら首を横に振られた。 作兵衛に気付かれるとは俺もまだまだだな。 「それで」 「お前が怒ったから、と教えてたよ」 「怒った…かあ」 「怒ったよ、あれは」 怒ったつもりはない。ただ、ちょっと気に食わなかっただけだ。 誰だって、嫌いなヤツが纏わり付いてきたら不快に思うだろう? あ、こんな例えをしてしまったが俺は不破のことを心底嫌ってるわけじゃない。 苦手なだけだ。 「勘右衛門、洗うから返して」 「いや、俺がやっておくよ」 「へ?何で?」 勘右衛門は何も言わずに顎で何かを指した。 そちらを見ると、兵助が立っていた。 「兵助」 「おかえり」 「どうした?」 「4年生が来てる。お前に話があるらしい」 「4年生?珍しいな、雨が降るぞ」 何故か4年生には嫌われてるからな。 そう言って笑うと、兵助はため息をついた。 部屋で待ってるから、と兵助は俺の手を引く。 勘右衛門は手を振って見送っていた。 「稽古?」 部屋で俺を待っていた4年生は礼儀正しく正座をして、そう俺に頼んだ。 4年生に頼まれるなんて、天地がひっくり返ってもありえないことだと思っていたのに。 「なんで俺に?」 「…七松先輩が、貴方の戦い方は面白いと」 「七松先輩が?」 「一度手合わせしてみると良いと、おっしゃったので」 「七松先輩にそう言ってもらえるとは嬉しいな。俺でよければ良いよ」 「ありがとうございます」 時間は俺の都合に合わせてくれるって言うから、明日のこの時間にしてもらった。 失礼します、と礼をして4年生は退室していった。 綺麗だし礼儀正しいし、なんか凄いな。 「名前、今の誰か知ってるか?」 「知らない」 「平滝夜叉丸だよ」 へえ、平滝夜叉丸か。覚えておこ。 「おやまあ。どうしたの」 誰が見ても機嫌が悪いと分かる滝は、私が掘ったタコ壺にハマっていた。 引っ張り出してあげると、喜八郎、と呼ばれた。 「やはり苗字先輩は私を知らないようだ」 「知らない?滝を知らない人がこの学園にいるの?」 「まあ私ともなれば学園中の人気者であるから知らない人なんていないだろうが…」 「で。その苗字先輩に稽古はつけてもらえるの?」 「ああ」 滝を知らないなんて、苗字先輩は引きこもりなのか、それとも他人に興味が無いのだろうか。 「明日、苗字先輩には私の名前を覚えてもらう!」 多分、後者なのだろう。 2009.11.24 |