「――…全ての物には、壊れる"ツボ"があるんだ」 この話を初めて聞いたのは、その時だった。 あの時みたいに、苗字は少し冷たく少し優しい雰囲気を纏っていた。 あの時僕は興味が殆どだったけど、少しだけ恐怖があった。 壊れた塀を見つめる苗字が、少し怖かった。 あれから夜遅いからと富松を帰して部屋には僕と苗字の2人になった。 僕はまだ帰ろうとしなかった。 兵助が帰ってくるまで居座るつもりだった。 「苗字、」 さっきから苗字は僕を見てくれない。 名前を呼んだら、声だけの返事が返ってきた。 「名前」 思いきって下の名前を呼んでみた。返事は帰って来なかった。 僕は苗字がわからない。多分、誰よりも1番理解できていない。 苗字が知りたかった。理解したかった。側に行きたかった。 「……なんで僕は駄目なの」 分かってた。苗字と僕の間に距離があるってこと。 苗字が必要以上に僕と関わろうとしないこと。 「僕だって、苗字を名前で呼びたい。くだらないこと話して笑いたい。一緒に町に出かけてもみたい。幸せだと感じたい。 ねえ、どうして僕じゃ駄目なの?」 「なあ不破、知ってるか?」 そうして、あの言葉だ。冒頭に戻る。 全ての物には壊れる"ツボ"があるらしい。 あの日、苗字はその"ツボ"を捜す練習をしていたらしい。 そして見つけた塀の"ツボ"を押したところ、見事に崩壊したらしい。 持っていた掛矢は全く関係が無かったとか。 「そこを押すと、どんなに頑丈なものでも壊れるんだ」 幼い僕は苗字にとあることを聞いた。 今の僕も聞いてみる。 「どんなものにも、あるんだよね」 瞬きをした一瞬だった。 僕に背を向けていたはずの苗字は僕の真っ正面にいて、鼻がぶつかりそうなくらい顔を近づけていた。 目が離せない。 「人体にもある」 近すぎてはっきりとはわからないが、恐らく苗字は僕の額に指を突き立てている。 つまり、額が人体の壊れるツボなのだ。 昔は笑って あるんだけど俺はまだ知らない、と答えていた。 だけど今はこうして、殺すと言わんばかりの殺気を出して指を突き立てている。 「あまり俺を怒らせないでくれ」 ああ、どうして どうして僕は駄目なのでしょう。 ハチよりも三郎よりも兵助よりも、富松よりも貴方のことを慕っていると自信があるのに。 「名前ー、名前いるかー?」 「勘ちゃーん、何ー?」 廊下から勘右衛門が苗字を呼ぶ。もちろん彼は苗字と同じクラスだから名前で。 苗字は僕を一人にして部屋を出て行った。廊下の方から苗字と勘右衛門の笑い声が聞こえてくる。 苗字は優しくない。 2009.11.12 |