「栄口聞いてよー!阿部のヤツがさぁ…」


今日ブレザーを着ている彼女は、珍しく栄口と話していなかった。
机に伏せて、ブツブツと独り言を唱えているばかりである。

ちなみに、今教室に来たのは水谷である。

「阿部が?」
「三橋と打ち解けるためにはどうすればいいかとか聞いてくるんだよ!んなの阿部が悪いだけなのにさぁ」
「アハハ…」

「三橋!?」

栄口が苦笑すると、彼女は"三橋"に反応したらしく起き上がった。
「へ?」
「阿部が三橋と打ち解けるためにはどうすればいいかって水谷に聞いたんだって」
いきなり話に参加した彼女に戸惑う水谷に対し、慣れっこな栄口は冷静に説明した。
「それ、あたしも知りたい!」
「てかどうしたの?今日はずっと伏せてたけど」
「聞いてよー!今朝ねえ!」
これ以上無いと言わんばかりに幸せそうな笑顔を見せて、いつものように語り始めた。
「三橋が挨拶してくれて、こう…ぐっと来ちゃった!」
「三橋?」
「そこの人もそう思わない?三橋に挨拶されたら嬉しいよね」
「コイツは水谷だよ」

「…ああ、クソレ?」



「ひどくない!?何その印象付け!ていうか誰に聞いたのそれ!」
「阿部が勇ちゃんに愚痴ってたのを聞いて」
「愚痴られてたの!?」
「あ、まあ…ね」

阿部によって付けられた汚名を名前が知っていたことに驚き、声が大きくなっている水谷に栄は苦笑している。


「まあ、そんなことはどうでもいいとして」


「どうでもよくないよ!何このコ、どんだけマイペースなの!」
「あたしは苗字名前だよ」
「いきなり名乗ってるし!」
「これが水谷文貴ねぇ…うーん…ヘタレかぁ…」

名前のあまりのマイペースに疲れたのか、水谷は突っ込むのをやめてため息をついた。
「栄口、なにこのコ」
「ちょっと変わってるんだ」

「ちょっとじゃないよね!平気で人のことけなしてるよ!」

「文貴はヘタレ攻めに決定!」

名前は水谷を指さして元気良くそう言った。
それに栄口は人を指さしちゃ駄目だと注意をする。注意するとこ、そこじゃないと思う。

「誰がヘタレ!てか攻めってなに!」

「あーもう…三橋って何でこんなに萌えるんだろう」

「マイペースにも程があるでしょ!」

「突っ込むの疲れない?いつもだったらボケる方じゃない?」

「何で初対面の苗字にそんなこと言われなきゃならないの!あってるけど!」



大声でそう言い切った水谷は、肩を大きく動かしていた。
比べて名前は至って平常である。



「ほら水谷、もう時間だよ」

頃合いを見て、栄口が二人の間に入る。

「うー…昼休みにまた来るからね!」
「またねー」

悔しそうにしながら、水谷は自分の教室へと戻っていった。
その様子をしばらく眺めて、栄口は名前を見た。
「やけに水谷と楽しそうに話すね」
「うん。弄ってて楽しくならない?」
「そうかな…」
「そうだよ」

そして本鈴が鳴ると、何かを思い出したように栄口は、あ、と言った。
「どしたの?」
「昼休みは主将と副主将でミーティングあるんだった。悪いけど俺いないよ」
「えー…じゃあ文貴と二人?」
「9組行けば?水谷に言って誘ってもらうとかして」
「そうだね!こういう時にこそ利用できるもなは利用しておかないと!」
「……」


水谷がとても可哀相に思えました。







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