あーあ、私って本当に馬鹿。 こんな大切な時期にインフルエンザにかかるなんて。 最初なただの風邪だと思ってたの。原因なら思いつくから。 あの日、お風呂上がりに裸で男どもが着替え終わるのを待っていたから。 そりゃあ風邪くらいひくよね(インフルだけど) ああ、なんて可哀相な私……。 「何自分の世界に陶酔してんの」 「何でキャベツ持ってんですか」 「君に食べさせようと思って」 私がインフルエンザと判明してから、足立さんは毎日通ってくれている。 仕事も忙しいだろうに…。 キャベツを持って台所に立つ足立さんはまるで新妻のよう…なわけ無いんだけどさ。 ああ、今悲鳴聞こえた。また指切っちゃったのかな。 「足立さんポカリー…」 「無くなったの?」 はい、と冷蔵庫に入っていて冷たいポカリを渡してくれた。 つめたいー、とほっぺにあてていると、足立さんがじーっと私を見ていた。 「何見とれてるんですか」 「いや別に」 ツッコミも無しに、ただじーっと足立さんは私を見る。 はっきりしないその態度に少しいらつきを感じた。 ああもう、言いたいことははっきり言ってください! 「……僕たちさ、付き合ってどれくらいになるっけ」 「え…っと、確か4ヶ月とかそれくらい…?」 うろ覚えにそう答えると、足立さんは大きくため息をついた。 それからじろりと私を見る。 え、私何かしましたか? 「名前」 「……名前?」 「4ヶ月も付き合っててさ、未だに"足立さん"はないんじゃない?」 「はあ…」 まあつまり、恋人としてその呼び方はいったいどうなんだと。そう言いたいわけですか。 うん、そういうこと。 それで貴方は私に何を要求してるんですか。 「下の名前で呼んでよ」 あー、そういう展開になっちゃいます? と言われても、もう足立さん呼びに慣れちゃってて今更変えるのは難しい。 黙っていると、足立さんは苛々してきたのかまたため息をついた。いい加減失礼なのだが。 「覚えてないわけ無いよね」 「流石に覚えてますって」 「じゃあ呼んでよ」 わかりました、呼んでやろーじゃありませんか。 透、だもんね。透さんって呼べば良いんだもんね。 「と…」 、おるさん。 フツーに呼べば良いじゃん、それくらい簡単なことでしょう? 「どうしたの?」 あーほら、足立さんも私を変に見てる。 ていうか心の中ですら足立さんを名前で呼べてないってことはダメなんじゃないかな、私。 「……っ、と…るさん…!」 い、言った! 言ったことにしよう、うん! 足立さんは苦い顔してるけど。あ、また足立さんって言っちゃった。 「……ギリギリ合格」 よく頑張りました、なんて少し馬鹿にしたように言って足立さんは私を抱きしめる。 こんなに名前を呼ぶことが大変だと思わなかった。 でも1回呼べたから次からは呼べる気がする。それが私! 「とおる、さん」 「何?」 「キスしてください」 びっくりしたらしい。目を丸くして、透さんは私の目を見る。 私は至って正常ですよ。あ、インフルか。 「……風邪うつりそうだな」 「もしそうなったら私が看病しますよ」 「ま、そうなったら頼むよ」 困ったように笑って、透さんはキスをくれた。 優しいキス。 この優しさも、偽りだったのかな。 じゃあ、まだ料理の途中だから。そう言って台所へ戻ろうとする透さん。 珍しくそわそわしている気がする。何かあったんだろうか。……そういえば、そろそろじゃないか。 「透さん」 「何?」 「何か、隠してませんか?」 透さんは少し驚いて目を丸くした。そしてため息をついた。 話してください、と言うと、何で分かるかなぁ…とぼやいた。 「君には、風邪治すことに専念して欲しかったんだよ」 「十分専念してます」 「……実はね、」 菜々子ちゃんがテレビの中に入れられたんだよ。 分かっていた。そうなることなんて。 足立さんを変えても、生田目は変えられてないのだから。回避は無理に決まってた。 もし次があるのならば、だったら生田目に接触してみようか。……あるのかな。 「今すぐ向こうに行くとか言わないよね?」 「言いませんよ、P4主人公じゃないんだから」 「へ?」 「透さん」 彼にとっても、2回目なのは分かってる。 でも多分、彼は冷静になってないだろう。 前が助かったんだから、今回も大丈夫なんて保障は無い。 「P4主人公に、気をつけてください」 「……どういうこと?」 「――…彼が、壊れる……っ」 それがどういう意味か、透さんは理解できていないと思う。 前回の彼を、私は見ていられなかった。 生田目を追うときはもちろん、その後もしかしたらあのまま生田目をテレビに落としていたかもしれない。 どうにか思い留まれた彼は、人殺しにならずにすんだのだけれど。 だからお願い。 今回も、誰も死なないで。 |