「もう、良いだろ」


 特にこれと言った表情でも無く、彼は立っていた。その手には立派な剣が握られている。彼の美麗な容姿に似合わず、風景は殺伐としていた。



「誰も、いないじゃないか」



 何百年と人間を超えるほどに生きてきた彼は絶望していた。よく見れば殺伐とした風景の中には人や骨があり、それらの周りには決まって赤いものがあった。それらはしばらく前まで名前を呼び合っていた人間だった。闇の魔導士である自分に距離を置くことなく、平等に接してくれていた。直接には言わなかったが、それを暖かく思っていた。
 それらのひとつの赤いものに触れ、彼は目を細める。


「寂しいか?」
「……誰が」


 いつの間に現れたのか、魔界のプリンスが背後に立って彼の顎を撫でる。その緑色の綺麗な髪が視界に入る。

「くっくっく…そうだよな、今更寂しさなど感じるはずが無いな」
「馬鹿にしてんのか」
「いや?」

 怪しげに楽しそうに笑ってサタンは彼を自分のほうへ向ける。随分と荒んだ目をしている。このような経験をするのは初めてだったのか。いや、人の死に触れることくらいたわいもないはずである。時には自ら死に送っているのだから。

「良い顔だ」
「貴様の目は節穴か」
「私が求めていた顔だ」

 そう言って静かに唇にキスを落とせば、彼は赤面することもなく触れていた手を払った。けれどサタンは動じる様子も無く、再び触れる。



「お前が何度、別れをしようとも私は居るからな」
「…俺が貴様を殺してもか」
「このサタン様がお前に殺されるはずが無かろう」
「……殺してやる」



2010.09.27
長寿だからこそ、失うものは多いのです。
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