「市原おはよう」 「…はよっす」 あれから、苗字は話しかけてくるようになった。別に嫌なわけじゃない。 ただ怖い。 いつ何をされるかわからないのだ。原因はこないだの発言である。 「…市原」 苗字がじっと俺を見て、すっと腕をこっちに伸ばした。何されるか怖くなってギュッと目をつぶった。 「寝癖」 ふわっと、俺の髪に触れた。 あまりにも優しかったから、拍子抜けしてしまった。想像とは全く違うことだったし。 「なに、変な顔してる」 「いや…別に」 「俺に何されると思ったの」 「……殴られるかと」 「んなことしねぇよ」 ぽんぽんと頭を数回叩いて、苗字は教室へ入っていった。 何だよそれ、何だよそれ! 色々、苗字のことで考えてる俺か、馬鹿みたいじゃないか。 一度歯ぎしりして持っていた鞄を乱暴に持ち直す。 「(別に何かして欲しかったわけじゃないけど…)」 一人で悶々としている俺が馬鹿みたいじゃないか。 思いっきり何かやってくれたほうが楽だ。 こういうのを生殺しっていうんだろうか。 伸ばされた腕の行き先 「いっちゃん、寝癖」 「沢うっせえ」 2010.07.08 |