「くくちへいすけくん、君の漢字を教えてくれないか」 そう言ってボールペンと紙を渡したら、ボールペンに手慣れないらしく試行錯誤しながら「久々知兵助」と書いた。慣れてないわりには綺麗な字ではないか。 「なるほどこれで久々知…」 「珍しいですか?」 「恐らく」 「苗字さんはどんな字なんですか?」 「俺はこう」 久々知兵助と書かれた隣に俺の名前を書いた。久々知兵助は興味深そうにそれを眺めて、珍しい名前ですね、と言った。室町にはこんな名前ないのか。 「俺は君のことをなんと呼べばいいだろうか」 「お好きにどうぞ」 「友達にはどう呼ばれてた?」 「普通に、兵助と」 「なら兵助でいいか。俺のことも名前で構わない」 「…名前さん」 「うん、よし飯食おう」 続きは飯を食いながらにしよう。そう言えば兵助は頷いた。きっと彼も腹が減っていたのだろう。 腹が減っては戦は出来ぬ、飯を食えばもう少し落ち着けるだろう。 「何か食いたいもんあるか?」 「豆腐」 「…は?」 「豆腐が食いたいです」 運良く冷蔵庫には豆腐が一丁あった。どうしたものか、無難に冷奴で出したらそれはそれは喜んでくれた。豹変振りにびっくりした。 質素な飯を終えて風呂に入って(これにも兵助は驚いていた) 気づいたらもう布団の上にいた。 「布団使っていいよ」 「え、名前さんは…」 「俺は床に寝る」 大丈夫、俺丈夫だから。毛布もあるし。 そう言っても納得いかない目をする兵助に、じゃあ明日もう一組布団買ってくるから、と言えば、わかりました、と布団に潜り込んだ。 買ってくるとは言ったものの、金無いんだよな…。 なるようになるだろ、と俺は目を閉じた。 「…兵助?」 夜中に啜り泣く声が聞こえた。これだけ言えばどこの怪談話だろう。今のこの状況は怪談話ではない。正体は兵助だった。 布団に丸まっている兵助は眠ってはいなかった。ただ、泣いていた。 「兵助」 「、名前さ…」 「眠れないのか?」 近寄れば兵助は俺の服を掴んだ。そして頷いた。 兵助は大人びて見えるけど、14才なんだもんな。信じがたいけど、急に見知らぬ場所に飛ばされて不安にならないわけがない。 安心させようと頭を撫でてみた。彼女いない歴=年齢の俺はどうしていいかよくわからなかった。 「大丈夫、帰れっから」 「名前さん…っ」 「俺がなんとかしてやっから」 兵助は顔を上げて俺を見た。睫毛長い。 そして、ありがとうございますと言って目を閉じた。 不安を抱えていた男 2010.03.30 |