「どうしよう、長次を怒らせてしまった」


そう言いながら圭助が私のところに泣きついてきたのには少し驚きであった。
話を聞けば長次ともう三日、口をきいてないと言う。どうしようと繰り返す圭助の話を全部聞いてやると圭助は寝てしまった。きっと明日目覚めれば少しは落ち着くだろう。
仕方ない、運んでやろう。




「…圭助、どうした」
「泣き疲れただけだ、気にするな」

部屋には何もしていない苗字がいた。私が圭助を抱えて部屋に入ると、ゆっくりとこちらを見て圭助のことを聞いた。

「泣き疲れた?」
「長次と喧嘩したらしい。聞いてないのか?」

長次と出会うまで苗字以外とは殆ど関わらなかった圭助が、苗字に話さないわけがないだろう。話して、まだ不安だから私のところに来たのではないのか。


「……そっか、喧嘩したのか」


聞いていない。
苗字は目を伏せて圭助を見たあと、布団を敷いた。そしてそこに圭助を寝かせた。
そこで帰って良かったのだが、どうにも気になる。



「苗字、目が赤い」
「…気のせいだろう」
「泣いたのか」

私がそう言えば苗字は目を細めて俯いた。それは肯定ととっていいのか。


「もう、何日も泣いている」


目が腫れないのが不思議なくらいだ。そう言った苗字を見て私は腹がたった。何に腹をたてているのかわからない。ただ、どうしてこうなったのかわからない。
圭助が私たちと話すようになって良い傾向だと思っていた。どこが良いものか。苗字が泣いているのでは意味が無い。圭助は何をしているんだ。


「私が泣く度に綾部が来る。何なんだあの子は」
「喜八郎が?」
「必ず来て、私を慰めるんだ。そして好いてると言って帰る」


ほう、そうなのか。喜八郎にとってこの機会は絶好ではないか。
…違う、今はそのことは重要ではない。
重要なのは苗字が一人でいることだ。苗字は圭助の1番の友人であるはずなのに長次との喧嘩のことを苗字に相談していないことだ。



「喜八郎は迷惑ではないか?」
「そんなことはない」
「そうか」
「…圭助には言ってくれるなよ」
「どうして」










私は良いんだ、と苗字は言う。
どうしてそんなに自分のことを後回しにできるのだろう。
しかし、圭助がああで苗字がこうであるなら二人はどんどん離れていくのではないだろうか。
二人にとっての幸せってなんだろう。


2010.03.09
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