「苗字先輩、泣かないでください」


苗字先輩が一人になることが多くなった。
あの先輩は他人に興味を持たないから部屋から出ることが無かったのに、今では部屋にいることが少なくなっていた。
逆に苗字先輩が部屋に引きこもるようになり、こうやって布団に潜り込んで声を出さずに泣いている。


「泣いてないよ」
「嘘つき」

布団の上から僕は苗字先輩に跨がる。小さくなった苗字先輩は声を喉の奥から搾り出す。搾り出してるってことは泣いてるってこと。あまり喋らないのは、喋れば喋るほど涙が出てくるから。


「先輩、悲しいんですよね。憎いんですよね。
あの人を奪っていった中在家先輩が憎いですよね」


答えがないのは分かっている。僕は沈黙を肯定と捉えた。
苗字先輩の顔を隠している布団を引っぺがすと、やっぱり泣いていた先輩が顔を出した。目は真っ赤で開ききっていない。
顔に触れて続いて唇に触れて、自分の唇を先輩のそれに触れる。

「…抵抗しないんですね」
「できないだろう、この体制じゃ」

そりゃあそうだ。
苗字先輩はどうにかして手を伸ばして僕の頭を掴んだ。そして引き寄せる。抵抗することなく僕は先輩の肩に顔を埋める。



「綾部、綾部は私から離れないでおくれよ」
「離れませんよ」
「圭助が幸せならそれで良いと言っていたが、そんなの嘘だ。私を忘れたなんて、中在家が1番なんて信じられない」
「苗字先輩には僕がいます」
「ああそうだ綾部。私を忘れるな、忘れてくれるなよ」


















圭助は何も悪くないんだ、と泣きながらも苗字先輩は言う。
もう一度好きだと言えば、ありがとうと言ってくれたので唇をまた重ねた。両腕が自由なのに苗字先輩は抵抗しなかった。


2010.03.08
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