「…圭助」
「なんだ?」


手が唇が震える。心臓はうるさいし、相変わらずどろどろしたものは私の中に住み着いている。

寝る前に圭助に声をかけた。機嫌の良さそうな圭助は笑って返事をする。こうやっていつでも圭助が笑うようになったのは中在家のおかげである。それは皆分かっている。
今の圭助の方が何倍も良いに決まっている。それを私のわがまま一つで壊すわけにはいかない。


「言っていなかったと思って」
「何を?」
「おめでとう」


何をいきなり、と圭助が聞くから中在家とのこと、と答えてやると顔を赤くして照れ臭そうにはにかんで、ありがとうと言った。

「そうだ、名前お前綾部だか綾丸だか知らないが後輩と良い仲だそうじゃないか」
「綾部だ。好かれているだけだ」
「名前も了承したのだと聞いたぞ」
「わ、私がいつ…」
「顔が赤い!」


ああ、こうやって笑いながら圭助と話したのはいつ振りだろう。やはり楽しい。
これで良いんだ。












「良いことありましたか」
「ん、わかるか」
「苗字先輩のことですから」

次の日、いつも通り私は一人で部屋にいた。そこにいつも通り綾部が来る。
おいで、と手招きしてやれば綾部は私の膝に頭を乗せる。そして私は綾部の頭を撫でてやる。

「圭助に言ったんだ、おめでとうって」
「おや、どうでした?」
「照れ臭そうに笑っていたよ。それから久しぶりに二人で会話したんだ、楽しかったよ」
「それば良かった」

相変わらずの無表情。けれどそれが私は好きだった。
綾部は起き上がって、畏まったように私の正面に正座した。どうしたのだろう。


「あの、苗字先輩」
「なんだい?」
「僕は苗字先輩が好きです。本当です。それで僕と、その…」
「綾部」

正座して俯く綾部は、わずかに見える肌が赤くなっていた。なるほど無表情な綾部でも赤面することがあるのか。珍しいものを見た。





「私で良ければ付き合ってもらえるか」
「……僕で良いんですか?」
「綾部が良いんだ」
「…よろしくお願いします…!」




2010.03.12
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