「ねえ、これは?」
もうこれで三日目だ。
苗字は毎日僕を町へ連れ回している。なんでかって、これからある行事のためだ。
「何でも良いじゃないか」
「良くない!田村は何も分かってない!」
行事とは『ばれんたいん』というもの。
苗字はタカ丸さんのことを好いているらしく、『ばれんたいん』のための贈り物を物色しているのだ。付き合わされているこっちにとってはいい迷惑だ。
「何でも良いわけないじゃない…向こうに印象つかせなきゃ」
「そういうものかな」
「そういうものなの!」
苗字が選んだものは僕から見れば十分に綺麗で貰えれば嬉しいものばかりだった。けれどこれでは駄目だと棚へ戻してしまう。
きっと相手がタカ丸さんでなければ、もっと早く決まっていたのだろう。
だってあのカリスマと言われるタカ丸さんだもの。
「私はこれに賭けているの。これが駄目だったら諦める」
賭ける必要も諦める必要もないと思う。
まったく女というものはよくわからない。前にタカ丸さんにそう言ったら、やんわりと微笑まれた。
「僕にはわからないよ」
「そうね、田村にはわからないかもしれない」
これに決めた!と三日目にしてようやく苗字はひとつの櫛を手に取った。綺麗な装飾がされているし、髪結いであるタカ丸さんにピッタリかもしれない。
「付き合ってくれてありがとう、田村」
これで苗字の思いがタカ丸さんに届けば万々歳なんだけど。
頑張れ、と僕は言ってあげた。
苗字の姿が見えなくなった。
先日の『ばれんたいん』がどうなったのか僕は知らない。タカ丸さんはいつも通り笑っている。
なんとなく捜してみた。はっきりしないのは好きじゃないんだ。
「苗字」
「…田村」
「最近見なかったけど、どうだったんだ」
「……五月蝿い。ほっといてよ」
ああ、これはフラれてしまったんだ。だって機嫌が悪い。
顔を背けて苗字は逃げようとするから、思わず手を掴んだ。
「離してよ」
「なんでこっち来ないんだよ。いつも通りやれば良いじゃないか」
「できるわけないじゃない!」
「なんで!」
苗字が大きい声を出したのにつられて僕も大きい声を出す。
するとようやく苗字はこっちを向いた。その顔は泣いていた。
「できるわけないじゃない…私、フラれた人といつも通り笑ってられるほど器用じゃないもの」
女の子って、そんなもの なの。
そう言って苗字はどこかへ走っていった。
やっぱり僕にはわからなかった。