「…帰ってきた」 仕切りになるバタンと扉の閉まる音と足音、急に訪れる緊張感。みんなが帰ってきたのだ。つまり、昨日の話の続きが行われる。 苗字は今にも逃げ出したかった。急に展開が進み、混乱を始めている。綾時が質問攻めに遭うのではないかと心配もある。彼は思い出したばかりなのに。 「行こうか」 「…でも」 「僕なら大丈夫だから」 ふわりと綾時は笑って、黄色のマフラーを巻き直した。小さく深呼吸をして、もう一度苗字に向かって言う。 「名前くんとずっと一緒に居てよかった。楽しかったよ」 それは今生の別れのようにも聞こえた。言われた本人は数秒唖然とした。そして眉間にシワを寄せる。 「明日も一緒に居るぞ」 返事は無かった。綾時は静かに部屋を出て行ってしまった。一人になり、苗字は綾時の言ったことを考える。もしかして、もう会えなくなるのだろうか。もしそうなるなら、どうしてそう言ってくれないんだろうか。 色んなことがありすぎて処理しきれない。ベッドに体を投げて、枕に顔を埋めて泣いた。 コンコン ノックがされた。今出る気にはなれないと居留守を使った。ガチャ、と容赦なくノックをした人は入ってきた。この図々しさは誰だろう。山岸ではない、天田も違う。岳羽も桐条先輩も常識はある。真田先輩…順平はどうかな…俺だから入ってくるかもしれない。アイギスは絶対無い。 あやが、戻ってきたのだろうか。 「名前。泣いてる?」 あやの声に似ている。けれど違う。湊だった。湊があやを孕んでいたからなのか、彼のいくつかの特徴はあやと重なるところがある。顔を上げずに湊が部屋を出ていくのを待った。 「みんな帰ってきたから、話すって」 「…うん」 「望月と何かあった?」 「何かって?」 「…寝たとか」 有里の言葉に思わず顔を上げれば、有里は悲しそうな顔でこちらを見ていた。そんな表情を見るのは初めてで、思わず見とれた。有里は苗字にまたがる。その動作があまりにも静かすぎてただ見ているだけだった。 「青い」 「何が?」 「目。あやとは違う青だ」 「…また望月か」 有里はそう呟いたが苗字は返事をしなかった。有里の中にある綾時を探すことに夢中らしい。彼が孕んでいた影響は本当に大きい。声も、髪型を同じにしたらそっくりなとこも、青い瞳も、苗字を優しい目で見るところも、本当にそっくりである。 「名前、」 「あやがいなくなる」 「…」 「何も言ってくれなかったけど、あやはいなくなる。あやがいなくなったら俺、どうしていいかわかんない」 そう言って泣き出した。突然狂ってしまったようにも見えた。どうにかなだめなければ、望月のせいでこうなったと考えると少々腹立たしいがやむを得ない。 「名前、望月にちゃんと聞こう」 「…話してくれない」 「話させる」 「……っ、湊かっけー」 苗字は目を擦って真っ赤に腫らしながらも笑ってくれた。笑わせたのは自分だ、優越感を感じた。 ほら、ちゃんと着替えて。みんな待たせてる。 湊、ありがとう。 ……うん。 → |