コンコン、と控えめなノックが二回された。どうぞ、と答えるとまた控えめにドアが開けられた。そこには美鶴がいた。


「苗字、替わろう」
「…いえ大丈夫です」
「しかし、ずっと寝てないだろう」
「大丈夫です」

 苗字はじっと、眠っている綾時を見つめる。昨夜から目を覚ましていないのだ。寮に戻ってから苗字は付きっ切りで看病をしていた。
 美鶴はため息をついた。何を言っても苗字は動かない気がしたからだ。


「…彼が起きたら連絡してくれ」
「はい」
「私たちは学校へ行ってくる」
「いってらっしゃい…です」
「ああ」


 美鶴が出ていって再び部屋は二人きりになった。もう少しすれば天田も登校し、(コロマルはいるが)寮に二人きりになるだろう。
 ずっと眠っている綾時の顔は美少年と呼ばれるだけあって綺麗で、触れようと手を伸ばした。昨夜から何度も触れた。触れていれば彼が目覚めてくれると思ったからだ。しかし彼は一度も目覚めなかった。頬を触って、鼻筋をなぞって、唇に触れて…何をしても彼は目覚めない。
 下の方から重い音が聞こえた。あの大きな扉が閉められた音だろう。天田も登校したのか。


「……あや…」


 昨夜の自分の取り乱し様を思い出す。あそこまで周りが見えなくなるとは思わなかった。真田先輩と順平に取り押さえられて、湊に殴られてやっと落ち着いたのだ。そんな自分が情けなかった。


「……起きてよ、あや…」



「………ん…」

「…あや?」

「…名前……くん?」

「あや!」


 ゆっくりとまぶたを開けた綾時は確かに苗字を見ていた。苗字は泣き出し、綾時に抱き着く。一瞬、綾時は戸惑ったがすぐに苗字を抱きしめる。

「ごめんね…」
「俺を一人にするな…」
「…君にはここの皆がいるから、一人にはならないよ」
「あやがいなきゃ駄目」

 綾時は困ったように眉間にシワを寄せながら苗字の背中を撫でる。「駄目だよ」と小さく言えば苗字は強く首を横に振る。

「あやがいなきゃ駄目だ」
「…名前くん…」
「あやが倒れたとき、どうしようかと思った。死んじゃったらって」
「……っ」
「うわ」

 苗字の視界が一転する。変わらず綾時は視界に映るのだが、さっきと違って天井が綾時の後ろに見える。ようやく自分が押し倒されたのだと理解して苗字は顔を真っ赤にした。綾時の顔も真っ赤だった。


「君って人は…僕がどれだけ我慢していたか知らないで…」
「え、あや…?」
「名前くん、…」







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