「あやっ!」

「よっ、また会ったなリョージ」


 静かな足音が聞こえてきて、場の沈黙が消えた。二人が戻ってきたのだ。姿が見えた途端、苗字が綾時に飛びつく。綾時は、わ、と小さく声を上げたがすぐに苗字を受け止め背中を撫でる。その後ろでは有里が少し憎そうに二人を見ていた。

「残念だけど、君たちの選択だ」
「当然でしょ」

 ゆかりの言葉を聞いて綾時は少し苦笑する。まだ納得できていたい部分はあるようだ。綾時は全員に座るよう促す。そして自分も座ったあと深く呼吸をし、口を開いた。


「もうすぐ0時だ。時間が無いから手短に話そう。これからニュクスに会う方法を教えるよ」


 場所は"タルタロスの頂上"
、約束の日…1月31日にニュクスはそこに降りるという。
 タルタロスとはニュクスを導く目印であり、そこへニュクスが降り立てば滅びは訪れる。だからタルタロスは"滅びの塔"と呼ばれているのだ。


「とにかく、頂上へ辿り着けばニュクスと戦えるんだな」
「そう…でもいいかい。これから始まる日々は君たちにとって無限と絶望との戦いになる。
前にも言ったけど、ニュクスは決して"倒せない"。ニュクスと直に向かいあったとき、それが何故だか絶対的に分かるだろう」



 綾時の言葉を全員が理解したのを確認すると、綾時は立ち上がった。


「じゃあ、僕は先に行くよ。君たちとは…この姿であるうちに別れたいから」
「綾時くん…」

「アイギス…ごめん。君にも、ひどく辛い思いをさせてしまった」

「わたし、忘れませんから。あなたは敵であり、そして友達だったこと…」

「ありがとう。こんな風に会えるのは、もうこれが最後だと思う。でも君たちのことは…ずっと見ているよ。それじゃ…さよなら」


 静かに綾時は玄関へと向かう。誰もその足を止める人はいなかった。扉を開けて外に出ようとしたとき、綾時は思い出したように振り返った。



「良いお年を。…って言うんでしょ、年の瀬はさ。じゃあね」

 まるでサプライズが成功したかのように綾時は笑って出ていってしまった。一秒遅れて苗字がそのあとを追う。苗字を止める人もまたいなかった。




「いいの?リーダー」
「しばらくしたら追いかける」

 有里は冷静にソファに腰を沈める。それを見て、各々は綾時を追った苗字よりも、1ヶ月後に向けて気合いを改めて入れた。苗字は大丈夫だと判断したのだろう。そんな中、少し申し訳なさそうな顔をしたアイギスが有里に近づいた。

「わたし、わかったんです」
「何が?」
「どうして名前さんのことを毛嫌いしてしまっていたのか」

「名前さんは綾時くんに着いていってしまう。そのことは貴方を悲しませてしまう。…きっと、それを無意識に感じとっていたんです」
「それがなんで…」
「わたしの一番は貴方ですから。貴方を悲しませたくないんです」


 そうだったのか、と有里は俯いた。すみませんと小さく謝ってアイギスも俯く。


「大丈夫だ。僕も、名前も」








戦士は闘いを決めた












「…あや」

「名前くん」


 追った先では綾時が待っていた。苗字が追ってくるとわかっていたのだろう。苗字は荒い息を整えようとしていたが次第にその時間すら惜しくなり、綾時の胸に飛び込んだ。


「もう会えないなんてやだよ…!」


 会えなくなることは前から知っていた。多くの時間をかけて覚悟をしたはずだった。他の誰よりも一緒に居てその覚悟を作りあげたつもりだった。しかし、その一緒に居た時間が逆に覚悟を鈍らせる。

「……ごめんね」

 静かに綾時はそう言って苗字の背中に手を回す。撫でる度に苗字がしゃくりあげる。


「名前くんが大好きだ。誰よりも、何よりも。大好き…ううん、愛してる」

「俺だって!…俺…だって、あやを愛してる」


 綾時の体温が感じられなくなってきた。別れが近づいているのだと直感で感じた。必死で綾時を掴む。離してたまるもんか。



「名前くんを愛せてよかった」
「何言ってんだよ…これからも愛してよ」
「……愛したいよ」

「消えたくない…もっと名前くんと一緒に居たいよ…!」
「あや…っ!」



 固く抱きしめ合って、どちらからともなく唇を重ねた。すると綾時に浮遊感を感じた。足元を見ると消え始めている。


「嫌だ!嫌だよ、あや!」
「…僕、君に"あや"って呼ばれるの好きなんだ。呼ばれる度嬉しかった」


 だんだんと消えていく、最後まで離すかと更に強く掴む。ああ、もう腰まで消えてしまった。






「愛してるよ、名前」








 最後に触れた唇はすぐに離れてしまった。正確に言えば消えてしまった。綾時は消えてしまったのだ。離すもんかと掴んでいた彼のトレードマークであった黄色いマフラーは手元に残っている。残してくれたのだろうか。

―――影時間突入。

 残されたマフラーを抱きしめ、泣く苗字が居た。その後ろには時間をおいて追ってきた有里が居た。直前に綾時に"苗字を頼む"と言われた有里はその意味を理解していた。もしかしたら苗字が後を追って消えてしまうかもしれないと。だからこうやって追ってきたのだ。
 苗字が何もしない限り、有里も何もしない。ただ、ひたすら見守り続けていた。







愛を泣く



2011.03.16

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