「やあ、この部屋にこんなことで来るとは思わなかったな」


 部屋に入ると、綾時がただ立っていた。小さな窓から外を見ていたのだろう、僕が入ると静かに顔をこちらに向けた。そして眉尻を下げた。


「みんなは…僕を生かすつもりらしいね。でも僕を生かせば避けられない死に怯え続けてその日を迎える事になる。"ニュクス"は決して倒せない…戦うなんて無駄な事だ」

 くどくどと以前にも聞いた話を綾時は繰り返す。それほどに重要なのだろう。そしてきっと、殺してもらいたいのだろう。不安げな目は少し力を持っていた。


「もう、答えを見つけているのかな?」

「殺さない」


 そう即答してやれば、綾時は顔をしかめた。それから小さくため息をついた。

「僕の言う事、うまく伝わらなかったかな…。…0時までまだ少し時間があるね。君には見せたくなかったけど…仕方ない」

 そう言って綾時は目をつむる。いったい何をするのつもりなのだろうか。そう考えた一瞬、眩しい光が部屋を包んだ。咄嗟に目をつむる。いったい何だ、と次に目を開けたとき、そこに綾時はいなかった。




「ごらんよ…僕は人間じゃない。僕はあくまでもこの世界に死をもたらす為の存在」



 綾時の代わりにそこに居たのは、人間ではないモノだった。シャドウというよりはペルソナに近く感じる。不思議と恐怖は感じない。

「消すことにためらいを持つ必要なんてない。よく考えて欲しい。"ニュクス"と対峙することが本当にみんなにとっての幸せなのかどうかを…。今は、みんなを苦しみから救うべきじゃないかな。…これは君にしかできない選択だよ。いいかい…本当に、これが最後だ。もう一度、君の答えを聞こう…」


 綾時は泣いているように見えた。本当に殺してもらいたいのだろうか。


「有里くん…。
お願い、僕を殺して…君を…名前くんを苦しめたくないんだ…」


 ペルソナらしきものの、綾時の泣き声が聞こえる。僕は真っすぐ彼を見て言ってやる。



「お前は殺さない」
「…どうして」
「名前が、お前を忘れたくないと言ったから」

 綾時の表情が歪む。人間の姿ではないが分かった。僕は下を向いて握り拳を更に握る。


「本当なら殺してやりたいさ。ニュクスがどうとかじゃなくて。お前が居なければいいって何度も思った。知ってるか?お前が来るまで名前と一緒に居たのは僕だったんだ!憎くて仕方なかった…」

「でも…名前が殺すなって言うから」


 名前がそう望んだんだ。叶わなかったらまた寂しそうな顔をするに決まってる。それだけで済むならいいが、そうとは思えない。きっと綾時のあとを追うなんて言い出すことだろう。悔しいが、それが名前だ。できるだけ名前に悲しい思いをさせたくないのだ。
 しばらくの沈黙のあと、また視界が明るくなった。綾時が人間へと戻っている。表情が読み取りやすくなった綾時は、今にも泣きそうだった。



「残念だけど、命は君たち自身のものだ…その使い方もね。君たちの選択に従うよ」


 泣くのかと見ていれば、細めた目で見られた。思わず身構える。

「ごめんね…」
「何が」
「名前くんのこと」
「別に。名前の選択だ」

 ふふ、といつものように笑う。僕は綾時のこの笑い方が好きではなかった。


「頼みがあるんだ」
「なんだ?」
「名前くんを、お願い」
「……言われなくても」


「…みんなのところへ戻ろう。君たちに…"ニュクス"に会う方法を教える…」





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