「僕はシャドウが集まって生まれた存在だ。なのに人の姿をしてて、君たちとこうして話せたり、喜んだり悲しんだりもできる」


 全員が作戦室に集まり、綾時に意識を集中させていた。彼が話すことは自分達が求めていた答えであり、これからを示すものであった。
 有里と苗字が部屋に入ってきた時、苗字の目が赤いことに気づいた人は何人かいたが今ではもう、そんなこと気にしていなかった。


「これは、僕が彼の中に居た事の恩恵だ…他ならぬ、彼の中にね…。
…おかげで僕は…君たちに選択肢をあげられる。
ニュクスの訪れは…もう避けられない。でも、その日までを苦しまずに過ごすことは…できる」


 静かに話を聞いていた苗字が膝の上にあった拳を強く握った。それを横目で捉えた有里は静かに目を伏せる。綾時はゆっくりと口を開いた。




「僕を…殺せばいい」


 全員が息を飲んだ。誰もそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。彼らを気にせず綾時は話し続ける。

「彼のおかげで…今の僕には僅かだけ"人"の性質があるんだ。彼の手でなら…多分、できる」

 ゆかりがガタンと勢いよく立ち上がった。他の皆は視線を下げたままだった。


「記憶が消えるなんて…そんなのイヤよ。そんなの単なる逃げじゃない!」

「逃げることは、悪いことかい…?
逃げなければ、そこには君たちの想像を超えた途方も無い絶望が広がってる。"絶対に死んでしまう"という怖さを…君たちはまた知らない。今の気持ちだけで、簡単に決めないほうがいい」


 そう言って綾時は立ち上がった。ゆかりは反論することができず、その動作を見ていることしかできなかった。綾時はいつも通り優しい笑顔を見せた。


「すぐに決めなくてもいい。少しだけど…まだ時間はあるから。12月31日…今年の大晦日。それまでに考えておいて。それを過ぎると、僕は影時間の闇に溶けて、もう君たちの触れられない存在になる」

「どうせ、僕はニュクスの訪れと共に役割を終えて消える存在だ…僕の心配はいらない。大晦日になったら…また来るから…」
「お、おい、待てよ、リョージ!」


 綾時は静かに部屋を出て行った。順平が後を追うが姿が見えなくなり諦めて戻ってきてしまった。順平と入れ替わりに苗字が部屋を出て行く。

「名前!無駄だって!」

 順平が止めるが、苗字は聞かずに行ってしまった。急な展開についていけない皆は呆然と見ていることしかできなかった。


「世界の終わりか…」





突き付けられる未来









「…居た」
「……名前くんは、すぐ見つけるね」

 苗字が向かった先は長鳴神社だった。もう寒い、息が白くなっていた。なのに彼はいつもと変わらない格好で賽銭箱の前に立っていた。寒そうにはしていないが彼の息も白い。

「あやが、見つけて欲しかったんじゃないのか」
「…」
「独りで、いくつもりだったんだろ」
「…うん」
「俺も行く」

 その苗字の言葉に綾時は一瞬顔を上げたが、すぐに下げた。

「…駄目だよ。君には仲間が居る」
「でも俺には、あやが1番大切だ」


「あやが好き。あやしかいらない」


「……僕はいずれ消える存在だよ」
「なら、それまで一緒に居たい」



 綾時は困った顔で苗字を見つめる。苗字は綾時から視線をそらさない。やがて綾時が根負けして顔を下げた。涙を流しながら。


「あや、俺が居るから。独りになんなくて良い」
「…名前く…っ…」
「全部背負わなくて良いから」
「……っ…うん…」



「行こ、二人で」



2010.09.22

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