小説q | ナノ


||| エラン・ケレスと妹 1

※6話時点での執筆




眠るとき、わたしはいつもあたたかい夢を見る。
夢の中のわたしの手は傷だらけで、何度も読み返されて表紙がよれた絵本をぎゅっと抱いている。
窓の外には、ほんの少しの白と灰色で塗り潰された分厚い雲。強い風が吹いて砂埃が窓を叩く。
あかりの一つもない、寒くて薄暗い部屋の中。けど、隣にだいすきな人がいる。顔の見えないその人は、いつもわたしにぼろぼろの毛布をかけて、絵本を手に取って開いてくれる。そうして、ゆっくりと口を開いて物語が始まる。手招きするみたいに、わたしの名前を呼んで――。

「──ナマエ」
「……おにいさま?」

優しい声で目が覚める。柔らかなベッドの傍で、お兄さま――エラン・ケレスが静かにわたしを見つめていた。
本棚に納められた沢山の本、ふわふわの毛布。白い手袋に包まれた自分の手。ゆっくりと体を持ち上げてみれば、そこに痛みは少しもない。
ペイル・テクノロジーズ本社の一室。夢から覚めたわたしは、いつもここにいる。
同じ色をした瞳と見つめあって、ほんの少しの時間が経ったあと、重みでわたしの頭が傾いた。
「……どうしてお兄さまがここに……?」
「君が言ったんだ。次に本社へ戻ったときは顔が見たいって」
そういえば、以前の検査でベルメリアにそんな話をした気がする。
お兄さまに会いたい。お話を聞いて、絵本を読んでほしい──無理だと分かって伝えたお願いだったのに、本当に会いに来てくれるなんて。
ぱちぱちと瞬きをすると、ぼやけた頭がゆっくりと動き出す。まるで、夢が本当になってしまったみたいだ。
会ってお顔が見れた。じゃあもしかしたら、お話をして、絵本を読んでもらえるかもしれない。
嬉しくって、頬がどんどん熱くなる。夢かもしれないのに、そんな時間があるわけないのに。頭の中にある理性を蹴飛ばして、思わず身を乗り出す。
「じゃあ、じゃあ!お兄さま、お時間をいただけませんか?わたし、この前の決闘のお話が聞きたいんです。ファラクトでの戦闘、とってもかっこよくて……」
「……僕はもう学園に戻るから」
お兄さまの視線が途切れる。熱くなった頬が、だんだんと血の色を失っていくのが嫌でもわかる。
「あ……あの、じゃあ、次はいつ頃戻られますか?次はお兄さまのことお出迎えしに行きます、だから……」
「ベルメリアに聞いた方が確実だよ」
そういってお兄さまが立ち上がる。思わず伸ばした手が制服の袖をなぞった瞬間、わたしはぴたりと、動けなくなった。
「お兄さま、怒ってる……?」
遠くを見るような横顔が、見たことのない表情をしていたから。思わず考えていたことが口から漏れる。慌てて口を塞いでも、その瞳はもうわたしの方を向かない。
身体の真ん中を風が通り抜けたみたいな冷たさが、心臓を撫でるような。そんな感覚がわたしを覆う。
「……君のせいじゃない」
だたその一言だけを残して、お兄さまは部屋を出て行った。

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -