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||| 人魚姫

青い海の中に沈んでゆく。まるで空に溺れてくみたいだ。指先を伸ばしても光る雲には届かないし、太陽はずっとずっと遠くにいる。水平線の近く、一番青が深い空。そこに、私は、今から行くんだろう。息が出来なくても目が潰れても。私の居場所はそこになる。海の底と空の底。どっちも同じ一番下なんだ、何も変わりなんてない。
どちらにしたってもう貴方はいないんだ、私がそれを選んだから。
貴方は光の先へと向かった。私を海の底へと沈めて。もはやこれが何度目かも分からない。それとも分からない方が幸せなの?

無限に開かれる本を。無限に紡がれる物語を。印刷された数だけ同じ登場人物が存在し、本を開かれた数だけ生かされ、本を閉じられた数だけ殺された者がいる。私は後者だ、だから何度でも死ぬしなんどでも生き返る。同じ世界をずっと見ている。
今回の勝者は貴方なのね、じゃあ次はあそこから始まるんだ。始まったらどうすればいい?あの場にいる彼女は何を選択する事が多いだろう。私だって死にたくなかった。だって死に対する恐怖が消えるはずないんだから。だから抵抗した。抵抗した上で、いつも私は彼女達の礎となる。
その運命を嫌ったわけじゃない、抗いたかったわけじゃない。だって私は主人公じゃない、ただのモブだから。
それでも、ほんの一瞬だけ。
今回という、ただ一度だけ彼女から貰った慈悲があまりにも心地よくて。
私の流した悲しみの涙が、彼女に何か幸せを齎したのだと信じたくて。

「おヤ、人形ガ何か喋っていマスね」
「マだ壊れていなカッタんデスか?」

遠い場所から、案内人の声が聞こえる。水でくぐもってはいるけれど、その内容は何故かはっきりと聞き取れた。
私なんかに構わないで、早く彼女をあの人に会わせてほしいのに。

ごぽ、という音を立てて空気の泡が遠くへ消える。ちがう、私が沈んでゆく?
海水に混じって上へ上へと揺らめく赤色がやけに鮮明で、上から降り注ぐ光と相まってそれはまるでカーテンのようだった。
その幕の向こうに、彼女の望んだ世界があるのかな。悲しみに満ち溢れた物語が、描かれるのかな。人魚姫の物語は不朽の名作となり、より多くの人が悲しみの涙を流すの?
ああ、彼女の望むとおりだ。最高のハッピーエンドだ。
悲劇は喜劇をより美しく彩る。だから、世界にもっと悲しみの涙を流してもらわなければ。
――そうしなければ、世界は美しくならない。
そう静かに語ったあの日の彼女を、私は今でも覚えている。
あれはいつの出来事だっただろう、何週目の事だったろう?だんだんと意識が遠のく、私の終わりが近いのか、物語の終わりが近いのか。もうどちらでも変わりはない。

赤いカーテンは色濃くなり、光はどんどん遠のいていく。彼女という光を失う現実が、よくわかる。
澄んだ青い海には、その昔は海生のナイトメアが生息していた。けれど終焉へと向かう今になっては形を保っている生き物は私と彼女と、案内人の二対の人形だけ。
それもやがて、一人になる。そして蘇るのだ。一冊の本の、作者が。

人魚姫は心優しい少女でした。誰一人恨むことなく、憎むことなく。王子様だけに恋をし続け、最期にはその刃を自身に向けました。
だからどうか、彼女の望みを叶えてください。悲劇をもっと、与えてください。心優しい彼女が、多くの人に悲劇の素晴らしさを理解してもらえるように。
彼女はただイノチを奪ったわけではないのです。貴方の作った世界で見た、悲哀の素晴らしさを知って。世界に涙を溢れさせて。一人ひとりに悲しみの素晴らしさを、悲劇の崇高さを説いていただけなのです。
だから、多くのイノチを奪った彼女を責めないで。彼女を救ってあげて。貴方だけが書ける世界で、より多くの悲劇を詰め込んで――。

「コイツ、すっかり毒されテいマスヨ?」
「オマエニは、特定の陣営に加担スル権限を与エてイナいハズですが?」
「マア、今回の記録は削除デ決まりデスネ」
「モブを生かスなんていうイレギュラーも発生した事ですしネ」
「ソレでハ」
「ポチっとナー」

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