ギブミーユアサウンズ
俺はたった一つだけ信じている超能力がある。それは『瞬間移動』だ。気づくと傍にいる。音も立てずに傍にいる。まあ何事もタネや仕掛けはあるものだが。
彼と俺の間では、それはタネも仕掛けもない魔法なのだ。
「謙也に話しかけられるといっつも驚かされんねん。もうちょい気配だせぇや」
「せやかて白石、俺結構音出してると思うで?」
「お前が光の早さで近づいてきてるさかい音が追っ付かへんのや。少しは音待つくらい紳士なことしてみぃ」
「これはツッコミ待ちか」
「せや」
部室で着替えている最中聞こえてきた会話に俺は内心うんうんと頷く。
謙也さんは気づくと傍にいて話しかけられると少なからず驚く。さっきまであっちにいたのに瞬き一つで目の前に居るんだからそりゃたまげる。音より早く走れるのは端なる冗談では無いのではないか。
「財前もそう思うよなぁ」
こっちに話を振ってきた部長の顔はまさにいじめっ子の顔だ。大方このネタで謙也さんをいじっているのだろう。部長のいじめっ子気質は今に始まったことではない。最近はその的が立海の切原に移っていた。切原も苦労してるなと心にもないことを言ってみる。
「まあ、そうっすね」
ほらなと視線をテニシュに戻し紐を結び始めた部長はきっと気づいてない。今一瞬だけ、謙也さんが悲しい顔をしたのを。
いちびりな謙也さんが存在感が無いなんて言われて少しでも気にしないわけではないのだ。しかし部長はそんなのを気にも止めず部室から出ようとする。
「あ、財前と謙也はアップは後でええから新しいボール持ってきてくれへん?倉庫にあるから」
任せたでとウインクした部長に俺はピコーンと気づいてしまった。部長が人の感情に無頓着な訳がないのだ。謙也さんを慰めてこいと俺に促している。この人は身を張ってでも面白いことは引っ掻き回す人だ。そしていじりの対象は俺にまで及んで居たらしい。
エクスタシー!と外から雄叫びが聞こえる。やれやれと頭を抱えると後ろでよしっ!と謙也さんの声がした。
「はよいこ、財前」
ニカッと笑うとさっさと部室を出てしまった。追いかけて、なにか言わなければ。謙也さんを傷つけたままで居させるわけには行かない。
二人で騒がしいコートの横を通り部室裏の倉庫に向かう。始終謙也さんはムッスリとしていた。この人は分かりやすい人だ。扱いやすくもあるが。
「謙也さん」
「なんや」
「確かに謙也さんに突然話しかけられると驚きます」
「そか」
「でもそれは謙也さんが音より早よう走れるとかそんなんじゃありませんから」
「それ出来たら人やあらへん」
くすくすと笑う謙也さんの声に少しは元気が出たみたいだと安堵する。柔らかい低めのアルトテノールの笑い声はどんな音楽よりも心地よく鼓膜を叩く。
「謙也さんが傍に居るんが当たり前過ぎて、あんたが空気みたいで、そこにあるんが当たり前みたいな存在やから気づかへんだけっすわ」
ある意味告白とも取れる俺の言葉に謙也さんは顔を真っ赤にする。可愛いすぎてよーしよしと頭をかき混ぜたくなる。
しばらく真っ赤に固まったまましなしなと肩が下がり、しばらく目線を泳がせた後こくりと謙也さんの喉仏が鳴った。
「よっ!宜しくお願いします…」
突然絞り出すように言った謙也さんのセリフは脈絡のないトンチンカンなものだった。どうやら俺の言葉を深く深く読んでしまったらしい。
「謙也さんぶっ飛び過ぎっすわ。会話何個か飛ばしてます」
「へっ!?あっ、いや、ああああの、」
「まあええです。どうせ貰おうとしてた言葉なんで」
腕を掴んで思いっきり引っ張りかっさかさになった謙也さんの唇に噛みついてやった。ガチンと固まった謙也さんに笑いが漏れる。
「好きです。付き合うてください」
こくこくと何度も首を振る謙也さんにもう一度キスを落とした。
俺はたった一つだけ信じている超能力がある。それは『瞬間移動』だ。気づくと傍にいる。音も立てずに傍にいる。まあ何事もタネや仕掛けはあるものだが。
彼と俺の間にはタネや仕掛けなんかではなく空気がある。その空気は音を伝え俺の鼓膜まで運んでくれる。謙也さんが俺に向かって駆けてくる足音が。布擦れの音が。吐息の音が。 ほら、今日も彼に話しかけられる前に後ろを向いて言ってやるのだ。
「謙也さん、転ばんでくださいよ。あいしてます」
(ギブミーユアサウンズ)
「あっ、新しいボール取ってくるの忘れた」
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睦月様へ
長々とスクロールありがとうございました! 相互記念と言うことでどうか貰ってやって下さいな…!!
改めてこれからも宜しくお願いいたします!(-^〇^-)
光謙白赤に幸あれ!