ヒーローと別れ
3月17日は俺がヒーローになれる日。
その日は卒業式の二日後だった。卒業した生徒は皆卒業で号泣していたのが嘘のように新しい学校生活を夢見て晴れ晴れとした表情で街を闊歩している。
そんな中、俺はわくわくと期待していた。
部活の奴らがどう仕掛けてくるか、だ。
大切な仲間だと信じて疑わないあいつらは俺の誕生日を忘れるわけがない。突然びっくり系だろうか、はたまた普通に祝ってくるだろうか。その時はさも気づきませんでしたととぼけた振りをして驚いてやろう。これが普段のみんなの忍足謙也だ。
と、誕生日にかこつけむくむくと意地の悪い妄想が膨らむ。
今日は無論休みであるため7時に起き、いの一番に家族からの「おめでとう」コールを頂く。
「プレゼントは夜でええな」
そう言って父は仕事へ出掛けてしまった。ありがたやありがたや。
弟からも五つの消しゴムを貰った。どれも持っていないもので流石翔太やとバンバン背中を叩いて礼を言った。
母は父といっしょである。ありがたやありがたやと内心手を摺り合わせる。
続々とクラスメイトやテニス部の仲間からメールが寄せられる。何だか有名人になったみたいで俺は有頂天だ。
そんな中にレギュラーの奴らからのメールは一通も無い。律儀な小石川やマメな白石からもない。しかし俺は安心しきっている。また何か考えているのか。そうに違いない。もやもやと心の渦が広がりつつも俺は落ち掛けた夕陽を見送った。
ずるずると夜になってしまった。家族での誕生日会も、両親からは卒業祝いと誕生日プレゼントを同時に貰ってめちゃくちゃ嬉しかった。侑士からのお祝いの長電話も終わり今は夜の11時半。いやいや、まだまだ彼らは何か作戦があるのだろう。しかし一向になんのアプローチも見せてこない。
さっきまでの余裕などなく今にもみんなの家へ駆けつけ自分の誕生日を忘れてないかと問いただしたい。
正確に言うと、誕生日など祝ってくれなくて良いから何かメールでも電話でも些細なことでみんなと話したい。まるでみんなの中から俺が居なくなったみたいだ。
ぽっかり空いた俺の胸の内からじわじわと真っ黒い渦が染み出る。
いやだ、いやだいやだいやだ。
俺を見捨てないで。 俺を忘れないで。
真っ黒い渦はやがて目の奥にまで押し寄せやがて涙になった。じんわりと滲みこぼれた涙は右頬を通過した。
決まった高校はみんな違った。だけどテニスを続けいつか同じコートで再び会おうと誓った。その時は敵同士だけど、笑って戦えるように。この中学の思い出を自分の力に出来るように。
「…決めたばっかりやん」
今の自分にとって中学の思い出は寂しさを増幅させる薬だ。力になんかなりゃしない。
ぎゅっと震えない携帯を握りしめ俺はベットに寝っ転がった。
寝たらきっとこの情緒不安定も落ち着く。
そして俺はズブズブと思考を停止させた。
***
母に大声で起こされた。
「早よ支度して降りてきぃ!」
今は朝の6時半。
部活があった頃はこれくらいに起きていたが今は部活などない。今日は何かあっただろうかと二分で支度し下に降りる。
「なん」
「白石君たち来とるで!」
そう言われて居間を見るとレギュラー陣全員が揃っていた。
「万里子さん、こない早よぉ時間からすんません」
「かまへんよ!ゆっくりしてって」
母はイケメンが揃ったのが嬉しいのかいつになく上機嫌だ。しかしそんなことより今は白石たちだ。ふつふつと蘇る昨日の悲しさに比例して俺はみんなの中から消えていなかったという安心が生まれる。
「謙也、昨日んメール見てくれた??」
「メールなんか来てへんよ」
「えっ!?あっ昨日の12時ちょい手前に送ったみんなのメールやで!?」
12時手前…?そういえば自分は昨日いつ意識を手放しただろうか。11時半を確認して10分後には眠ったように思う。
「…あー…見てへん」
「なら早よ確認してや」
「わいのメールも早よ見て!!」
白石と金ちゃんに急かされ急いで部屋に戻って携帯を確認すると、新着メールが12時59分付けで7通来ていた。レギュラーからのものでこぞって内容は誰が一番最後だと書いてある。泣きそうになりながらも携帯を握り締め俺は居間まで駆ける。少しでも疑ってごめん。やっぱりお前らは最高だ。
居間に戻るとユウジが珍しく照れ臭そうにしている。
「おどれが珍しくメール寄越さへんからやアホ」
「すまん、寝とった」
「で、誰が一番最後やったんすか」
財前に聞かれ確認すると、メールフォルダの一番に入ってる名前は小石川だった。
「小石川や」
なんやーと口々に残念がるメンバーに笑いが込み上げる。昨夜あんなにヘコんで居たのが馬鹿みたいだ。
「珍しく俺の勝ちやな」
「ほんま、ありがとう小石川」
たまらず礼を述べると小石川は照れ臭そうに頭を掻き礼を言われるほどやないと柔らかに笑った。
「これ言い出したん蔵りんやねんで。謙也へのおめでとうは家族に譲る代わりに俺たちはいっちゃん最後貰ったるって。やから遅れたんよ。心配さしてごめんなぁ」
まるで俺の昨夜の考えを見透かしてるかのように小春が穏やかに言った。
「そんなん気にしてへんわ!ほんまにありがとう!最高の誕生日やった!」
言い終わった瞬間安心したのか俺の中でぷっつんと音がしたと同時に涙がこぼれ落ちてきた。ああ、ああ、これからもずっとこうやってみんなの誕生日を祝って行きたい。十年後も、百年後も。
「アホ、なに泣いとんねん」
そう言ってぎゅうぎゅうとみんなが抱き締めてきた。千歳に引かれ財前も嫌々ながら、でも心底ではなさそうだ。
「みんなでこうやって祝って行きたいな」
銀がしみじみ言うとみんながうんうんと頷く。
「大丈夫、俺ら四天宝寺は永久不滅完全無欠や」
そういって顔を上げた白石は涙目だった。よく見ればみんなも涙目だ。やはり卒業式では泣き足りなかったらしい。
「さぁて、これからオサムちゃんとこ行って昼飯と夕飯たかるでぇ!1日遅れの謙也の誕生日会や!」
お邪魔しましたぁとぞろぞろ出口へ向かう中、財前だけは一人立ち止まって俺を見た。
「行くで財前」
「…俺の謙也さんへの誕生日プレゼント、今年の夏まで待ってて欲しいんっすわ」
そう言ってくるりと後ろを向いた財前の肩は少し震えていた。泣いているのだろうか。しかしそれを聞くのはあまりにも野暮だ。
「おん、頑張り過ぎんでええから、待っとる」
ポンっと財前の肩を叩き顔を見ないように俺は玄関へ向かった。
(さあ、今日は1日遅れの俺のヒーローの日や。
目一杯わがまま言ったるで)
***
10日遅れで謙也おめでとう!愛してる!