VDkiss


「バレンタインデェキィッス、リボンをかけーて」

お決まりのフレーズがちらほら聞こえる今日。俺はバレンタインもキッスもへったくれも無いことをした。明日はあの人にどうやって接すれば良い。

ぐるぐる駆け巡る思考回路を持て余しつつ、俺はチョコでもマシュマロでもない缶しるこを冷えた胃袋へ流し込んだ。

今日は寒い。



***



"笑う"という言葉にピタリと俺の中で当てはまる人物が一人。そもそもエラく狭い自分の交友関係の中で一際輝くその人。ありきたりな歌詞に「向日葵のような人」だなんてクサいものがあるけれどそれにまさしく当てはまってしまうくらいイレギュラーな存在。

「謙也さん」
「なんや」
「泣かんで下さいよ」
「悲しくて泣いてるんとちゃう。嬉し泣きや」

そう言ってくしゃりと口端を持ち上げようとするきしょい顔は俺の最も嫌いな顔。
泣かれるのも嫌いだし、そんな中無理して笑われるのはもっと嫌い。その原因になった白石部長はもっともっと嫌い。

「ブッサイクな顔っすね」
「イケメンに言われても何も思わんし。勝手に言うとけ」

(笑てた方がええです)
何て確実に言わないと分からない、寧ろ言っても分かって貰えないだろう本心を隠す。
そもそもの原因は白石部長にある。簡潔に言うと今日、属にバレンタインに白石部長に彼女が出来た。白石部長が前々から気になっていると言っていた女子。その女子が白石部長にチョコと告白を捧げた。白石部長は快く返事をした。それを「白石部長のこと」が好きな謙也さんが知った。

良くある、しかしケースが特殊な場合な話だ。

男同士の壁はそう容易くないということで。


「謙也さん」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠すように壁に付している謙也さんは俺の問い掛けに反応はしたものの振り返らない。それが何だか癪に触って思わずポケットに突っ込んでいた手に力が籠もる。

「謙也さん」
「ほっといてくれ」
「こっち見てください」
「嫌や」
「謙也さん…」
「笑いもんにするんやったら勘弁してくれ」
「ちゃいます!」
「じゃあ何やねん!」

ばっと振り向いた謙也さんは擦ったのか目が真っ赤に腫れていてとめどなく流れる涙が大きく床にシミを作っていた。

違う。あんたを怒らせたいんじゃない。笑いもんになんかするか。その涙を、止める術が欲しいだけ。

「男なんて星の数ほどおりますよ」
「ホモちゃう。白石やったから、」
「じゃあ俺じゃ駄目ですか」

聞きたくなかった。「白石だから」の後なんて。終わった、終らせられた奴の事なんて良いじゃないか。

(あー言ってしまった)

ポカンと固まってる謙也さんを見て情けない気持ちがしてくる。ほら、自分に向けられてる視線なんて気づいちゃいない。謙也さんのいつも一つのことに真っ直ぐな性格の良いところであり悪いところだとも思う。


「俺やったら、幸せにしたりますよ。謙也さんのこと」
「っ!」

ぶわわっと真っ赤になってわたわた慌て出す謙也さんに俺はこの人の弱みに漬け込んでるというちょっぴりの罪悪感が吹き込んだ。まあ元もちょっぴりだったが。


「…んなこと言われて、も」
「別に今答えて欲しいとかや無いんで。好きな奴が好きな奴のこと悩んでんの見てむしゃくしゃしただけっスわ」

(あれ、俺ってこんな喋る奴やったかな)
饒舌気味になっている自分に驚く。余裕が無いんだと自覚する頃には無意識に向かっていた謙也さんの隣に座り込みキスなんぞをぶちかましていた。

「んっ…ざっ財前」

そっと唇離した瞬間見えた謙也さんの瞳に映る自分が相当情けない顔になっているに気づき自分でも分かるくらいに顔が火照る。普段のポーカーフェイスも形無しだ。


跳ねるように立ち上がるとそのまま逃げるように部室を飛び出た俺は掴みの門を抜け商店街を高らかに走り抜けた。商店街中がハートやらピンクやらで全てに唾を吐きたくなった。

流れてく風景に頭の白い人が髪の長い女と一緒に歩いているのを見た気がするが気にしない。今は謙也さんでいっぱいなんだ。
はぁはぁと荒い息をつきいつの間にかついた近所のコンビニであったまった缶しるこを買う。
「バレンタインデーキッス、リボンをかけーて」
嫌でも耳に入る音楽にため息がでる。
いっそ自分のドクドク胸打つ心臓をリボンでぐるぐる巻きにして縛り付けてやりたかった。

明日はどんな顔して会えば良いんだ。







だがしかし、予想に反して次の日の謙也さんの態度に確かな手応えがあったことと、白石部長と彼女が長続きしなかったことはまた別の話だと言うことにしておきたい。


***

大々遅刻バレンタイン
   
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